1960~1970年代初頭の新宿駅東口の風景
1970年代初頭までは目を覆いたくなる光景の新宿駅東口
この時代は私は西武新宿線沿線に住んでいたので、たまにデパートなどに連れて行ってもらうとなるとほぼ100%新宿でした。
母のお気に入りは伊勢丹で次に三越でした。
新宿駅東口の基本的な風景は実は今と当時は大きく変わっていません。
もちろん西口に高層ビルが出来る前の時代です。
(参考:新宿西口の高層ビル群が建っている場所は淀橋浄水場の跡地なんです。)
スタジオアルタの場所は二幸(にこう)というデパートというか食料品店がたくさん入っているお店で東口の名物でもありました。
母は伊勢丹などに寄っても帰りには二幸によってお惣菜をよく買っていました。
まあこの辺までは古きよき時代の話なんですけど・・・。
おぞましい側面を持つ当時の新宿駅東口
東口で当時も今も変わらないものとして東口の地下駐車場と入り口付近にある円形の構造物(換気口かな?)があるんですが、その付近に当時はおかしな連中がいつ行ってもたくさんたむろしていたのを子供心に覚えています。
おかしな連中というのは以下のような人たちでした。
・年齢は恐らく20~20代半ば(殆ど男)
・髪の毛は見た目はロングヘアーで子供の私は「女みたい」と思って見ていた。
・ズボンはジーンズでも裾がラッパのように広がった所謂ベルボトムというのが多かった。
・服はやや派手目なシャツでボタンをたくさん開けている人が多かった。
(冬の服装は覚えていない)
当時の言い方だと「ヒッピー」って言うのだと思います。
そして極めつけは、ビニール袋に透明な液体を入れてその袋を口に当てて吸ったり吐いたりしていたんです!
なんだかお分かりですか?
この透明な液体というのはシンナーなんです。
当時の「不良」はシンナーを吸っていたんです。新宿駅東口の目の前で!
当然頭はおかしくなります。一説によると脳が溶けると聞いたことがあります。
びっくりしたのは一部の人は目が完全にうつろで、口からよだれを垂らしながら吸っていました。
あまりにも衝撃的な光景でした。
当然当時も犯罪です。
でも記憶の範囲ですが警察が一斉取締りをしたとか見たことも聞いたこともありませんでした。
もちろん東口には目の前に交番もあります。
シンナーを吸っている連中は1人や2人ではなくて最低でも5人以上はいました。
またシンナーを吸っていない人もギターを弾いて喚くように歌っている人もいました。
母は私に「ああいう人を真似してはだめだ」とよく言っていました。
当然ですけど。
私も恐かったのでそばに寄らないように気をつけるようにしていました。
今では信じられない世界です。
当時も大勢の人が行きかう新宿駅の目の前でこのような「惨状」が行われていたのですから・・・。
古き悪しき思い出です。
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