イケダの灯油(横浜名物?)
イケダの灯油は横浜の冬の風物詩
横浜市在住の方(在住だった方も含む)ならばかなり多くの方が「イケダの灯油」をご存知ではないでしょうか?
冬になると灯油を売る車が街を巡回するのですが、その時に大音量で「明るい街」という曲を流しながら売りに来ます。
これが横浜名物・イケダの灯油です。
しかもこの曲は非常に耳につくのです。
メロディはとてもレトロな子供番組で使っているようなほんわか系で、歌は子供の合唱団のコーラスです。
子供たちの甲高い合唱の曲をしかもかなりの大音量で流しながら売りに来ます。
この曲を聞くと「灯油を売りに来たんだな~」ではなくて、「冬が来たんだな~」と感じていました。
イケダの灯油は横浜市内のあちこちに出没する!
私が初めてこの曲を聞いたのは30年以上前、正確な年は覚えていませんが恐らく1980年~1982年頃だったのではと思います。
当時私は港北区の日吉に住んでいましたが、冬のある日びっくりするくらいの大音量で子供の合唱を流しながら近づいてくる1台のトラックを見かけました。
あまりの大音量と、耳につく甲高い子供の合唱に度肝を抜かれました。
しかも聞くのが恥ずかしいようなレトロな子供向けのポップな歌です。
YouTubeに上がっていましたので知らない人、或いは横浜を離れてしまった方はぜひどうぞ↓
(リンク切れはご容赦ください。他にも探せばアップされているようです。)
一度聞くと頭から離れなくなります。
上記のYouTubeで聞くとインパクトは正直薄いです。
実際に街で聞いた人間としては「もっと甲高い声」、「驚くほどの大音量」というイメージがあるのです。
場所によっては音量を控えめで流していた事もあったかもしれませんが、少なくても私が聞いた車は全て「かなりの大音量」でした。
石焼き芋どこの騒ぎではありません。選挙の演説か!というほどの音量の記憶しか私にはありません。
聞き始めた頃は正直言って「うざい」、「うるさい」、「イライラする」と感じていて、「なぜ近隣の人は苦情を言わないんだろう」と不思議に思ったりしました。
でも何回か冬が過ぎるとなぜか自然に口ずさんでいる自分がいます。
特別に「聞きたい!」と思ったことは無いのですが、晩秋~初冬になると「早く来ないかな~」と思ったりしました。
我が家は灯油のストーブでは無かったのですが、この「イケダの灯油」は街にとっても、私にとっても完全に冬の風物詩になっていましたね。
その後私は横浜南部地域の洋光台に引っ越したのですが、こちらでも「イケダの灯油」を売りに来ていてビックリでした。
日吉にいる時は地元の灯油屋さんだと思っていたのですが、日吉と洋光台は結構距離が離れているにも関わらず毎冬売りに来ていました。
6年前から私は北海道に引っ越して来てしまいましたが、ある冬の日にいきなり「イケダの灯油」が頭に浮かんだんです。
何もきっかけがないのにいきなり思い出したのですが、ネットで調べると会社が変わったとか(相模イケダ? それに伴い歌詞も少し変わったとか)、横浜のあちこちで売りに来る、横浜市を外れた隣接市でも、とか様々な情報を得ることが出来ました。
370万人超という日本で第二位の人口を誇る横浜市のあちこちで「イケダの灯油」が販売されていたという事はものすごい事だと思います。
2016年現在で「イケダの灯油」の販売車がまだあるのか?販売地域は変わっていないのか?などちょっと気になるところです。
でも明らかに「イケダの灯油」は横浜の冬の風物詩であり、横浜の文化の一つになっていたと思います。
でもこの曲は「みなとみらい」や「港の見える丘公園」など横浜のおしゃれスポットには全く合わないですね。
それらの地域でも「イケダの灯油」はこの曲を流しながら灯油販売をしていたのでしょうか・・・。
だとすると聞いたカップルは大笑いだったと思います。
【2017年1月3日 追記】
以前、東京都足立区に住んでいた友人によると「イケダの灯油」は足立区にも売りに来ていたそうです!
横浜隣接どころではありませんので、他の相当広範囲な地域でも販売していた可能性がありますね。
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同じくこの曲を聴いて育った者です。
「あぁ冬が来たなぁ」って思う、冬の夕暮れを思い出します。
同じ横浜市内でも知らないっていう方もいて驚くほど、横浜市あるあるの唄ですよね。
かんたろ様
こんにちは。コメントありがとうございます。
この歌は一度聴くと頭から離れませんね。
個人的には崎陽軒のシュウマイよりも「横浜名物」だと思っています。
またお越しくださいね。
ご訪問ありがとうございました。
1980年ころ、
相模原市で移動販売されていました。
当時吹奏楽部だった私は
冒頭のトランペットの部分を音楽室の窓から外へ向けて演奏して遊んでいました。
40年経ってもハッキリ思い出す「イケダの〜」、何のきっかけもなく突然聞いてみたくなって検索しました。
懐かしい!!
abc 様
こんにちは。コメントありがとうございます。
相模原でもですか!驚きです!
横浜または隣接都市の街中でトランペットやキーボードなどでこの曲を弾くと街を歩く多くの人が「お!イケダの灯油だ!」と反応するでしょうね。
それにしても本当に耳障り、頭から離れない曲でしたね。
また当サイトにお越しくださいね。
先週、2020年3月14日に、洋光台で聞きましたよ!
2年前まで洋光台に住んでいて、転居先には販売が来ないので、懐かしーいと思いました。
かおりん様
こんにちは。コメントありがとうございます。
よ、洋光台ですか!!
私は今は札幌ですが10年前まで洋光台に30年くらい住んでいました!
かおりん様とは重なっていて洋光台の街で会っていたかもしれませんね!
私は洋光台の中で引っ越しもしましたが、ここでばらすと洋光台北団地に住んでおりました。
懐かしいですね。
ご訪問ありがとうございました。
またおいで下さいね。
東京都町田市出身ですが、町田も冬になるときていました。
現在相模原市に住んでますが、イケダの灯油、健在ですよ。
ただ、同じ「明るい街」でも、現在は合唱ではなく、オルゴール調のメロディのみです。
ぷー様
こんにちは。コメントありがとうございます。
町田もですか! しかも健在とは。
今はオルゴールに変わったのですね。やはりあの甲高い声と大音量に苦情が多かったのではと思います。
昔はともかく近年人の考え方も変わってきましたからね。
また当サイトにお越しくださいね。
PS: 町田でも良く飲みましたよ。駅付近は店も混んでいるので東側の住宅街ちょっと手前くらいまで行って飲んでいました。
こちらへもお邪魔します。
イケダの灯油の音楽聞いたことあります。
ウチの方でもまわってきてると思いますよ。
ウチは日吉から車で40分圏内の横浜市内ですが、サトウの灯油が多いかな?
懐かしいわらべの「めだかのきょうだい」を流しながら。
駒林出身様
サトウの灯油は記憶にないです。
イケダの灯油はまさに近所迷惑ともいえる曲でしたので未だに頭から離れません。
綱島に住んでいます。今日、久しぶりに住宅街でこの曲をたまたま聞き、子供の頃、1980年代の記憶がよみがえりました。
いけだのとお〜ゆ〜
という歌詞を思い出しググったところ、ここにたどり着きました。横浜で広範囲に灯油を売っていたのですね。子供の時は戸塚に住んでいました。
とても懐かしくて、なんだか嬉しい気持ちになりました。
懐かしい様
コメントありがとうございます。
横浜市民にとっては「イケダの灯油」の曲は頭から離れないですよね。
良し悪しはともかく。
綱島にお住まいなんですね。実は綱島にいとこがいますので数えきれないほど行っています。
イトーヨーカ堂の少し先でした。しょっちゅう行っていた時は私は日吉に住んでいたのです。
また当サイトにおいで下さいね。
ふと思い出して検索したところ、こちらのサイトにたどり着きました。
「きたきた来ましたイケダの灯油…」の語感が印象的だったのですが、歌詞を調べたら3番まであるそうですね。
実家が自営業をしている事もあり、3番の
「相模イケダ お役に立てば
嬉しいものです お隣同士」
という歌詞が、しみじみと心に来るものがありました。
コロナ禍もあり、周囲との関係が希薄になってきている昨今ですが、損得を抜きにして助け合いの心を忘れないようにしたいものだと、改めて思いました。
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こういったかたちの無いものをブログというかたちで残してくださり感謝いたします。
他の記事を拝見しましたところ、数年前に大きな手術をされたとか…コロナももう少し続きそうな気配ですが、北海道にお住いとのこと。何より寒さが厳しいところと存じます。どうぞご自愛ください。
二俣川のりんご様
こんにちは。コメントありがとうございます。
イケダの灯油…、頭から離れないですね。今まで聞いた曲でこの曲が一番頭から離れないです。殆ど中毒です。
二俣川、懐かしい。免許センターに行くときは往復駅から歩いていました。バスはなかなか来なくて乗っても満員でしたね。
また私の体にご心配して頂きありがとうございます。
退院して5年半、今も毎日薬を飲んでおり、3ヶ月ごとの受診もありますが、幸い今まで一度も検査で引っかかった事はありません。
体はすこぶる快調です。
こういう基本的な事が1番の幸せなんだな、と思います。
今冬の札幌は雪は凄く少ないですが、その代わり寒いです。
今朝7時の気温は-13度でした。
関東もかなり寒そうなのでご自愛下さいね。
また弊サイトにお越し下さいませ。