日本エアシステム
日本エアシステムは国内線最大手
日本エアシステム(以下JAS ジャス)をご存知でしょうか?
かつて日本中の空を飛んでいた航空会社です。
2004年に日本航空(以下JAL)に吸収されましたが、当時はJAL/ANA/JASが日本の3大航空会社だったのです。
もちろん昔からJALやANAも国内線をたくさん飛ばしていましたが、JASはローカル線やそこそこ規模の多い都市でもJAL/ANAが就航しない、またはあまり本数を設定しない路線に集中的に就航していたのです。言わば隙間路線を多く持っていました。
1986年以降は国際線も参入しましたが、国内線就航都市数では一番多かったはずです。
私が知る時代はJASの時代からですが、その前は複数の航空会社との合併を繰り返し、1988年までは東亜国内航空(TDA)と言っていました。
会社名変更や変革は他のサイト様に譲り、私はJASを比較的高い頻度で利用していた者としての記事を書こうと思います。
日本エアシステムを利用した路線と機材
私がJASをよく利用した路線は【羽田⇔旭川】、【羽田⇔新千歳】でした。
(当時は横浜市在住でした。)
他にも単発的には【羽田⇔長崎】、【羽田⇔釧路】、【羽田⇔女満別】なども乗りました。
一番多く乗ったのは旭川便でした。
理由は旭川郊外に親戚がいて、便数はJASが一番多くて便利だったということです。
また途中から「JASカード」を作った事も一因でした。
全然クレカなんて作る気が無かったのですが、黒澤明監督がMD90型機のマーキング原画をデザインした絵柄が入っていて、マイルも溜まるという便利なものだったので入会したのです。
調べるとこのカードは平成11年(1999年)なんですね。
でもこの絵柄が入るのは最初の更新までの間だけでした。
(正確な内容は覚えていませんが、当時のJALよりもJASの方がマイルの溜まり具合とかは太っ腹だった気がする。)
新千歳便利用時だとどうしてもJAL、その次にANAが多かったのです。
理由は同路線は年間旅客数世界一(2018年現在も)なので、JAL/ANAは非常に多数の便を就航させていて、しかも両社ともにJASが保有していなかったB747型機(ジャンボジェット)を就航させていたのです。
私は「JASカードを持っているので何が何でもJAS便」という買い方ではなくて、「比較的都合の良い時間の最安値の便で取れるもの」を選んで乗りますが、そうすると新千歳便は自動的にJAL/ANAになってしまうのです。
B747の旅客定員: 約520~550人
JASの主力機・エアバスA300の旅客定員: 約300~350人
上記はいずれもモノクラス設定時。
これらの数字からも両機の定員には200人もの差があるので、仮に同じ便数飛ばしても席を予約出来る確立はB747を多数飛ばしているJAL/ANAに軍配が上がるのです。
関連記事: B747(ジャンボジェット機)
以下は1994~1996年頃に乗った羽田発旭川行きエアバスA300型機からの眺めです。
(クリックで拡大します)
当時、A300型機はエアバス社の主力機で通路も2本のワイドボディ機なので機内も快適でした。
ただボーイング社の機材と比べて違うな、といつも感じることがありました。
それは離着陸の時に主翼の後ろ側で作動するフラップという小さな羽根があるのですが(高揚力装置といい、離着陸時の低速でも失速を防いで機体を安定させる補助翼)、ボーイング社の機体はB747でもB767、B777などどの機種でも油圧で静かに作動するのですが、A300はまるで電動ウインチのような大きな機械的な音がします。
もちろんボーイング社も客室内にいても作動音は聞こえますが、グィーンというやや低めで控えめな音ですが、A300も油圧動作なのに、ギュイーンとかなり大きな音で初めて乗った時は驚きました。
何が違うのか判りませんが、同じ油圧駆動でもずいぶんと違うな、と思いました。
エンジン音やその他フラップ以外で客室内で聞こえる音にボーイングの機体と差異は無いと感じました。
これは乗り心地も同じです。
もちろんパイロットからすればそれなりの違いを感じていることでしょう。
↓JAS時代の手荷物に貼られる検査終了証明シール
朝食が出た粋なサービス
これはJAL/ANAでもあったのかもしれませんが、1990年代前半くらいまでは国内線でも朝早い便に乗ると軽食が出たのです。
早朝でも全ての空港では無いと思います。羽田とか大きなところだけでしょう。
新千歳か旭川行きか忘れましたが、そのいずれかの便で普通のエコノミークラスでありながら小さなサンドイッチとフルーツが入ったものが配られて感激でした。
それまでは食事が出るなんて短時間の国内線では有り得ないと思っていましたからね。
でも何時の間にかそのサービスもなくなってしまいました。
JALとの合併だけでなく価格競争などもあるのでしょうし、乗客からすれば日本国内の殆どは1時間台で何処でも行けてしまいますので、このサービスを無くしてもそれほど苦情も出なかったことでしょう。
その後のJAS
2004年にJALに吸収されてから、JAS色が残ったのはJASから引き継いだエアバス社の機体だけだったと感じます。
JAS時代もJALと比べて揺れが大きい、遅れが多いなどは一切なくて、乗務員や地上係員の接客態度にも差異を見つけることは出来ませんでした。
でもJALに吸収されてからほんのちょびっとだけ感じたことと言えば(あくまでも私的意見です)、数度の経営統合があったJASに比べてJALは一つの歴史が長いとでも言いますか、全てに円熟を感じたのです。
いや、これは気のせいや思い込みかもしれません。
でもあえて言うならばJAL(ANAも)は円熟度で1歩上かな?と今思い出してもそう感じてしまいます。
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あの「仁賀保にあるテープ会社」に似た名前の飛行機会社ですね。
基本飛行機には「乗ると、背筋に悪寒が走る…頭や耳が痛くなる」病があるので、
緊急連絡「10-3-4(←なんだコレ?)」や非常事態が入らない限り、
航空機は利用しません、ゆえに「日本食品規格?」みたいなカードやマイル?、
ポイントカードはよくわからなかったりします。
・・・マイレイジとかいうのもあるそうです…はじめっち
ポイントカードは知らないけど、自分は「スカイメイト」とかいうのさ使ってたのす。
東亜国内航空で「東京ー釧路」が35500円なのが
スカイメイトだと23400円になるのっす。
「空きが条件」っすが、釧路便とかみんな乗んなかったから、
いっつも空いててよかった!っした。
ちなみに「東京ー千歳」だと、25500円が16900円くらいになったのっす。
ちなみに自分はスカイメイトば26歳ごろまで使っていたのっす。
・・・だって手続きしてくれるっちゅうすからゆたか
話によると、東亜の釧路便は全日空と比べると、
レーダー機器?の関係で霧による欠航が多かったらしいです。
でも、東亜飛ぶ時ってば、釧路天気がいい日が多いので、景色は最高!です。
・・・一回雲や霧ん中突っ込んだときは怖かったけど…みならいかのん
あたいはむずかしいことはよくわかんないけども、
日航は「日光が落ちる」に繋がるっちゅうことで、
うちのネコおじさんは敢えて使わなかったのだ。
「(会社の業績が)斜陽…」が「落日」っ手のもあったのだ、つまり縁起担ぎなのだ。
・・・日航便しか取れないときは新幹線とか夜行使う徹底ぶりだったのだつるみん
はじめっち&ゆたか&みならいかのん&つるみん様
コメントありがとうございます。
>「仁賀保にあるテープ会社」に似た名前・・
→そうですね。仁賀保、場所よくわかります。
>マイレージ・・・
→一時期JALはしつこいくらいにJALカードの勧誘やっていました。多分今も多客期はやっていることでしょう。
待合席でも乗ってからも「これでもか!」ってくらいでした。各社員には当然入会ノルマがあったと思いますけど。
>スカイメート
→ありましたね。私は使った事がありませんでした。
スカイメート全盛期は「北海道だろうが九州だろうが、旅人は列車で(特に夜行)行くものだ!」みたいな頑固なところがあったので。今は飛行機ばかりですが。
>釧路便
→TDAの時代はわかりませんがJASになってからは改善されたのでは?と思います。
釧路空港は国内ではごく一部しかない(羽田も無い)世界最高レベルの自動着陸支援機器があるのです。
対応した航空機では霧で視界がほぼゼロでも自動着陸できて、操縦席から見ると真っ白な中にいきなり滑走路が見えるそうです。ちょっと恐いですが、私が乗ったJASの釧路行きも「視界が大変に悪いので自動着陸装置で着陸します」とアナウンスありました。する必要もないと思ったけど。
>日航は「日光が落ちる」に繋がる・・・
→これは知りませんでしたが、各業界に縁担ぎはあるようですね。JRだと「・・・旅客鉄道」の「鉄」の文字の右側が「矢」と上に突き抜けない文字になっています。(パソコンだと出ない)
上に突き抜けると「金を失う」と赤字を連想するからだそうです。赤字は国鉄だけでまっぴらということでしょう。北海道は大変ですが。
皆様ご訪問ありがとうございました。
またお出でくださいね。
わー、またまた懐かしい話題をありがとうございます
私のJALマイレージ会員番号は上2桁が「69」でして
これが何を示すかと申しますと、旧JASスカイメリット
会員からの移行組、であるという事でございます
JALマイレージバンクには入会以来の搭乗記録が全て
参照出来る機能があり、それによりますとJAS便への
最終搭乗は2004.03.27 高松→羽田となっております
当時西日本、四国、九州地区の取引先メーカーさんの
工場監査を担当しており、何とか年度内にノルマの
監査を済ますべく、出張に利用したと思われます
若造が監査に行ったところで、工場側老練な担当者
さんはボロを出したりはしないので苦労しましたね
2004.04.01からはJAL便に統一されましたが、JASの
機材であったA300、MD-81、87 90、運航便に搭乗すれば顔見知りのCAにお目に掛かれたものでした
主に幹線を飛んでいたA300では25Gというお気に入り
の席がありまして、どんな席かと申しますとこれが
通路側で前向きの席の隣に、後ろを向いてCAが座ると
いう不思議な配置 非常口の通称お見合い席以上に
CAとの距離がめちゃ近い!
ローカルを飛んでいたMDシリーズなら後方非常口が
いつものお席、エンジンの爆音がすごいので飲み物
のリクエストを聞く時など、CAがいつも以上に顔を
寄せてくる
その後、JAL採用のCAもA300やMDシリーズの乗務
訓練を受けて混乗が始まりましたが、元JASのCAは
十中八九見分けることが可能でした 何か違うんです
よねー 見た目や雰囲気がw
そう言えば地方便のSTAY先で、ホイホイと晩飯に
付き合ってくれたのもJASだけだったなぁー 遠い目
大好きだったJASの思い出
長くなりましたがこのへんで
来年が良い年になりますよう お祈り申し上げます
南京豆様
こんにちは。コメントありがとうございます。
>JASスカイメリット・・・
→そういえばそういう名称でありましたね。
上二桁が69の場合・・・は知りませんでしたが、先ほどJALマイレージを確認したら私は「60」でした。
マイレージの類はJASで初めて入会しているので、60はJASからの継続なのでしょうか?
・MD81
→一度だけ乗ったことがあります。
恐らく私が乗った飛行機で一番小さい機体かもしれません。
(未だに離島用の小型機やプロペラ機の搭乗はなし)
青森から羽田で、青森空港の北向きの離陸は滑走路を飛び立つといきなり下が崖みたいになっているので、飛行機が崖に向かって飛び出すみたいな感じなんです。もっとも外を見たりしていなければ判りませんが。
そしてこの時のMD81は気流が良かったのか終始信じられないほど揺れませんでした。
上空で旋回する時も空気の風切り音だけで、静かに静かに旋回して、細かい揺れさえも皆無でした。
前にも後にもこれほど揺れないフライトはこの1度だけでした。
MD81は通路1本で小さな機体ですが、これほど小さな機体で1万mもの高度を800km/h以上の超高速で揺れもせずに飛行する・・・、夕暮れも相まってまるでSFの宇宙船に乗っているような錯覚でした。
忘れられないフライトでした。
私も今以てしてもJASが大好きです。
記事中に書いたように円熟度ではJAL、ANAとは言ってもJASの元気さ、明るさは一級かなと。
でも最近のスカイマークは昔のJASを彷彿させる感じも時々したりします。
ご訪問ありがとうございました。
来年もどうぞ本ブログをどうぞ宜しくお願い申し上げます。
良き年を祈念いたします。