知らなくても懐かしい(日本人のDNA)
知らなくても懐かしいこと
人間って不思議なもので、経験していない、メディアでも見聞きしたことがないような事でもその場所に行く、体感するなどで妙に懐かしさがこみ上げる事があります。
例えば以下のようなことなどです。
・生まれた時からコンクリートなどの近代家屋しか知らず、普段の生活圏も都会で田舎の風景などはTVや本などしか知らない人が田舎の藁ぶき屋根やのどかな田畑、田舎町の裏道のさびれた風景などの場所に行くと、意識とは別の懐かしさがこみ上げる事がある。
または「自分が過去に実際にこの場所に来ていたような錯覚」を覚えたりもする。
・普段から音楽が好きな若者が、今流行っている曲ばかり聞いていても、TVの懐かし番組などで流れた自分が生まれる遥か前の曲に強いインパクトを感じ、現代の曲よりも昔の曲だけにのめり込んでしまう。
・普段はスマホやメモリーオーディオ(iPodやウォークマン等)でしか音楽を聴かないのに、ある日カセットテープやアナログレコードの存在を知り、音や操作性が悪くてもそれらにのめり込んでしまう。
・あまり和食を食べない人がある日、田舎のおばあちゃんの家などに行き、出された地元の田舎料理やけんちん汁など日本古来の食事を初めて口にしたら、美味しさと味の新鮮味にはまってしまった。それ以来日本の伝統食が主食となった。
などなどキリがありません。
しかしこれらは誰でも経験しているはずであり、例えばカセットテープやアナログレコードなどはそういうものを求める人、特に20代~30代前半とかの若い人の要望もあり再販されたりしています。
カセットテープは今やコンビニ(全ての店ではないが)でも売るほどになって来ました。
カメラもデジカメやスマホのカメラを使わずあえてフィルムカメラを求める人までいます。
フィルムも販売継続されていますし、現像や焼き増しだって現在でも可能です。
これらについてちょっと考えてみようと思いました。
カセットテープは曲の頭出し時間かかるし、A面B面があってアルバムの感動も薄れてしまうし、時にテープがワカメになってしまうし・・・ でも・・・
フィルムカメラはランニングコストが掛かるし
後の整理も大変だし・・・ でも・・・
匂いと体全体で感じる懐かしさもある
懐かしさは見る/聞く/触る/嗅ぐ/味わうなどの行動で感じるものだと思いますが、これらは全て人間の感覚器官、つまりセンサーで感知したものが脳に伝わり過去の記憶などと照らし合わされて感じるものだと思います。
(私はこの分野の専門家ではありません。間違っていたらご容赦下さい。)
しかし人間には摩訶不思議な能力があり、そのうちの一つに第六感というものが知られていますが(完全に科学的に解明されたわけではないようだが)、私はこれらとはまた違うセンサーが人間にはあるのではないか?と思うことがあります。
それは体全体で感じる不思議な感情、懐かしさ、そして嗅覚を使わない匂いです。
懐かしいとか新しいとかの感情は目などから取り入れられた情報を脳が他の経験などと照らし合わせたりして生み出される感情だと思います。
(これも専門家ではないので間違っていたらご容赦下さい。)
その場に立った瞬間に感じる感覚、一度も嗅いだことのない匂いなのに体の奥底から「遥か昔に嗅いだことのあるような匂い」、「初めてだがとても懐かしい匂い」などは1度は経験があるのではないですか?
↓このような家に住んだことが無くても部屋に入ると妙な懐かしさを感じませんか?
でもこれらの感覚を説明せよと言われても、恐らく専門家でも説明出来ないのではないでしょうか?
「多分XXXだろう」とかの仮定ならば言えるかもしれませんが、人間の感覚や感情というのはまだまだ分からない事ばかりです。
これってもしかしたら人類、或いは日本人など固有の人種のDNAに書き込まれた遥か昔からの経験の記憶なのではないでしょうか?
「そんな大げさな!」、「専門家でもないくせに!」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、ではなぜ殆どの男の子は1~2歳から車や電車などに興味を持ち、女の子は人形やままごとに興味を持つのでしょうか?
これらは私の子どもや子どもの友人でも経験済みですが、誰も教えなくても本や映像などでそのような環境に置かなくても自然とこのようなものに興味を持つようになります。
もちろん人によっては違うこともありますが、世間を見るとかなりの確率でこのようになる子どもが多いのは事実なのです。
また胎児が母親の体内で摩訶不思議な変化をするのをご存知ですか?
妊娠何週目かは忘れましたが、妊娠初期の胎児の顔は最初は魚類のような顔(眼球が両側面に配置)、その後鳥類の顔、そして哺乳類の顔、最後に人類の顔になるのです。
これは生命40億年の歴史を確か2~3週間で行うのです。
なぜこのような事が起こるのかは専門家でも分からないそうですが、人類が単細胞生物から始まって海の中で生命体として進化し、やがて陸に上がり・・・という過程の記憶がDNAに刻まれているのは確かなのです。
このようなDNAの記憶というのはホモサピエンスになり、近代を生きて来た先祖の記憶も何らかの仕組みで新たにDNAに追加されたのでは?と思うのが妥当かもしれません。
だからこそ都会暮らししか知らない若者が田舎の古い日本家屋を見て懐かしさを覚えたり、時に体全体が震えるような衝撃を受けるのでしょう。
私が言う「体全体で感じる匂い」とはこの事なのです。
懐かしさだけでなく「戻りたい」という感情も生まれる
ここまでは懐かしさを感じる事について書きましたが、人間は時に懐かしさの感情の次に「戻りたい」という感情が付くことがあります。
「あの日に戻りたい」、「あの時の味を楽しみたい」などでしょうか?
味の方は再現できることも多いですが、でも当時の器や食べていた部屋やテーブルなどまでは再現出来ませんね。この場合は直ぐに「あの日に戻りたい」に繋がるのです。
「あの日に戻りたい」という言葉は人により不快感を持つ方もいらっしゃいます。
不快感は言い過ぎかもしれませんが、「過去を振り返ってどうする?」、「人間前だけ見ていろ!」という意見も往々にして飛び出しますね。
でも人に説教している人ほど実は自分自身では戻りたくてしょうがない人が多いんですよ。
人の意見を真っ向否定して説教する、自分は強く厳しい人間であるという人ほど実は弱くて心中ではいつもおどおどしている人ばかりです。
これは私の長年のサラリーマン経験でも100%当たっていました。
(会社で演説が好きな人ほど言いますね)
私も基本は「常に前を向く」、「新しいことや自分と正反対の事を否定しない」を心がけていますが、そうは言っても一人間なので「疲れた、辛い」という時はやはりあの日に戻りたくなります。
例えば以下の写真をご覧下さい。
まさに時代を感じる古い写真ですが、今でも日常の光景です。
この少女と同じことを何十年前かのあなたはしていたはずですね。
辛い時にこのような写真を見るとホッとする、つまり気持ちが一時「あの日に戻って」自分を休めている、根性論大好きな人の言葉を借りれば「自分を慰めている」ということですね。
(根性論大好きな人は、慰めているという言葉は大嫌いと思うが)
今を生きる、前を向いて生きる事が一番人間にとって大切だと思います。
だからこそ明日が、週末の休暇が楽しみであり、仕事もうまくいく、今罹患している病気も明日は良くなるだろう、という気持ちになれるのです。そしてこれらの気持ちは実際の形となって表れるのです。
し・か・し、遥か昔から受け継がれて来たDNAの記憶は消すことが出来ないし、これらを糧に我々は生きているのも事実です。
前を向くのが人間は一番大事、でも時にはホッとするような感情に浸って、これをエネルギーにまた明日から前を向いて行きましょう。
そしてこれぞ懐古趣味なのです。
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