周遊券と賢い使い方
周遊券は気ままな旅には欠かせなかった
周遊券という切符がありました。
指定された区間、地域の路線が一定期間乗り放題というもので、個別に切符を買うのに対して大変にお得であり便利な素晴らしい切符でした。
でも1998年に廃止されてしまい「周遊きっぷ」という名称に変わりましたが周遊券に比べると使い勝手が悪く、結局「周遊きっぷ」も2013年に廃止されてしまいました。
(JRの発足は1987年、それまでは国鉄でしたね)
いずれも利用の低迷や旅行形態の変化などが言われていますが、真実は分かりません。
これらの切符の発行は窓口の機械(マルス)でコンピュータが印刷するものなので手間がかかるわけでも、原価がかかるとか、管理が大変などの理由が見当たらないので単純に割引が大きく国鉄/JRにとっては損となる商品だったからではと私は勝手に思っています。
周遊券の長短所
私が使った周遊券は、北海道ワイド、道南ミニ、東北、信州、九州などですが一番多く使ったのは北海道ワイド周遊券でした。
周遊券の利用ですが、例えば東京発着の北海道周遊券であれば、東京から函館(当時)までの往復は東北本線、常磐線、奥羽本線など指定されたルートで往復出来ます。
もちろん途中下車も可能です。そして函館に入ると北海道内はこの周遊券1枚で自由自在に乗れて途中下車も出来るのです。
ここで周遊券の長短所を書いてみたいと思います。
【周遊券の長所】
●当時の国鉄バスも利用できました。国鉄バスは長距離に限らず街中の路線バスもありますのでこれが使えると大変に便利です。
●(北海道周遊券の場合)東京から函館までの区間も含めて普通列車、快速列車、急行自由席しか利用できなかったのです。
特急列車や新幹線を利用する時には別途特急券を購入する必要がありました。
しかし1980年頃からやたらと特急が増え始め、しかも従来の特急が通過だった急行停車駅も特急が停まるのが当たり前になり急行列車はあっという間に減っていきます。これでは周遊券を使うメリットがありませんが、それに当時の国鉄が配慮してくれたのかどうか分かりませんが確か1982年頃から周遊券で特急自由席も乗れるようになりました。(新幹線は除外)
特急が乗れるのは本当に助かりましたが、しばらくの間この事を知らない車掌や駅係員がたくさんいてあちこちでトラブルもあったようです。
私も実は信越線の上田駅で当時の特急「あさま」から降りて改札口を通る時に「周遊券は急行しか乗れないから特急券をここで払って」と言われたので「今年から特急も乗れるようになったじゃないですか」というと係員氏は「そんなはずはない」と昔の国鉄らしい高圧的な態度で言われました。
係員氏がこれでは話にならない、と思ったのでしょう。私の周遊券を他の係員氏に見せながら「これって特急乗れないよね」と勝ち誇ったような聞き方をしたのですが、別の係員氏は「今は乗れるよ」と一言。私に高圧的な態度をとった係員氏は急に無言でムスッとしてしまいました。
ちょっとだけ不快な思い出です。
●とにかく安いです。確か北海道ワイド周遊券の場合東京発着で20日間有効で1980年代前半で3万円行かなかったと思います。(うろ覚え)
これで北海道全線乗れておまけに特急自由席にも乗れたのですから大変にお得です。
●自由席を利用する限り他の切符は一切不要。この一枚だけで遠くまで自由気ままな旅が楽しめました。
●事前購入は不要なので窓口が開いていれば出発当日でも購入できました。
【周遊券の短所】
●東京起点で北海道や九州に行く場合、函館や小倉まで急行または新幹線以外の特急自由席が利用出来ると言われても全線直通する在来線は九州方面は皆無で(私が利用していた時期)、北海道に行くにも急行「八甲田」、「十和田」、「津軽」などの長距離急行しかありませんでした。
お盆を始めとする繁忙期は上野では数時間前から並ばないと青森まで12時間以上座れないこともあるので、その苦痛を考えて別途料金を払って特急や寝台列車を予約することもよくありました。高くつきますが目的地域で乗り放題を考えると結局は安いのです。
●基本は周遊券1枚で自由気ままに旅が出来るので私を始め周遊券をクリアケースに入れて持ち歩く人も多かったが、途中下車印を押すからケースから出してください、という改札係員も多くてその度にケースから出していましたね。
でも途中下車印がたくさん押されるとなんかうれしかったんですけど・・・。
●北海道ワイド周遊券の場合ですが、国鉄バスが使えると言っても阿寒湖や摩周湖など一大観光地、かつ駅から遠く離れた場所に行くところは国鉄バスが走っていませんでした。阿寒バスや十勝バスなどの他の会社となります。ですからこれらのところは別途バス料金を払う必要がありました。
非常におおざっぱな話ですが、1980年前後の道東方面のバスは「乗車1時間で料金1000円」くらいが相場だったのです。
北海道の田舎に行くと乗車時間1時間なんて短い方なので周遊券以外の交通費出費が多かったです。
記憶の範囲ですが有名観光地に行くバスで国鉄バスは襟裳岬だけだったと思います。
周遊券利用の裏ワザ
東京発着でいちばん期限が長いのは恐らく北海道ワイドと九州ワイドだったと思いますが有効期限は20日間でした。
これだけあれば相当たっぷりと旅行が楽しめますね。
でも学生の夏休みの時だったりすると20日でも足りないと思う事もありました。
30日までとは言わないけれど25日くらいは欲しかったと。
でも裏ワザで25日どころか30日でも40日でも伸ばすことが出来たのです。
不正行為ではないでしょうが、堂々と合法ですとも言い切れないグレーな方法です。
この方法は旅館やホテルの利用者だとまず出来ない方法で、ユースホステル(以下YH)利用時限定と言えます。
YHは多くの人と相部屋が基本であり、若い人の宿という部分が強いので皆気ままな旅を楽しむ人が多いのです。
参考記事: ユースホステルの思い出と掟
長期旅行者が多い夏の北海道や九州は周遊券の期限が20日間でも、期限いっぱいまで使う人の方が少なくて1週間~10日も使えば長い方という人が多かったのです。
そういう期限よりも早く帰る人を探して周遊券を交換してもらうのです。
例えば自分の持っている周遊券の期限が8月5日までだとしましょう。
YHで知り合った人が同じ東京発着で8月15日まで有効の周遊券を持っているが、その人は東京に8月5日必着で帰るのであれば交換してもらえれば、8月5日に東京必着の人は何ら問題なく帰宅出来、交換できた当方は8月15日まで期限が伸びてその分長く旅行が出来るというわけです。
夏季はこれを繰り返して7月初旬から9月末近くまで北海道を旅していた人もいました。
周遊券は無記名ですし、「交換は不正」とどこにも書いてありませんでしたから多くの人がやっていました。
法的に厳密に追求すれば分かりませんが、問題になったなんて聞いたことがありません。
ではそういう交換できる都合の良い人と巡り合えるのか?ということですが実はYHでは簡単に巡り合えました。
年齢にそれなりの幅がある人もいますが、「節約して自由気ままに旅をしたい」という人がYHには集まりますので同室の人、或いは食事の時に横に座った人に声をかければ面白いくらい簡単に周遊券の交換が出来たのです。
つまりYHには気楽に声を掛け合って旅の情報交換が出来る雰囲気があったという事です。
最近のYHは泊まっていないので分かりませんが、こういう基本部分は変わっていないと思います。
周遊券は印刷された紙の切符に発券日と期限のスタンプを押してもらって(又は手書き)使用開始となります。
でもいつごろか忘れましたが予め用意された周遊券の原紙(?)を使うのではなくて窓口の端末(マルス)から印刷された券を使うように変わったのです。
味気ないです。単に目的地までの切符という事ならばともかく周遊券は旅をしている間ずっと肌身離さず持ち歩くものなので当初の事前準備された券の方が愛着がありましたね。
そういえば夏のYHでは「命の次に大切な周遊券」というセリフをよく聞きました。
途中下車印がたくさん押された北海道ワイド周遊券を今でも持っています。
準備出来次第(押入れから発掘し次第)本記事に載せますね。
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九州・山陰・四国に比べれば、最後まで夜行急行があった東北・北海道は恵まれてたのっす。
周遊券のとっかえっこはなかったすが、
「箱根早雲山YH」というところで、前日でお金下せなかったんで、
強羅まで下りたいけど、と同宿者から相談があった時に、
フリー切符を貸して強羅まで往復させたことがあるっす。
・・・これ違反じゃないっすよねゆたか違反でもバレなきゃいいし…
北海道フリー切符には名前の記載場所がありましたが、
記入してる人もほとんどなく、身分証明を提示させられることもありませんでした。
(今はどうかな?多分徹底してるかも)
自分は「周遊きっぷ」なるものは知ってます。
5日間有効は短く、2枚以上組み合わせられないなど制限があって使いにくかったですが、
目いっぱい通行期限が使える、経路が選べる点は、
徘徊する我々にとってはちょび有効だったかもしれません。
・・・使ってる人見たことなかったのですがみならいかのん
いましたいました、YHにそういう方々が!
特に北海道旅行中の人が。自分は道民なのでその恩恵にあずかれませんでしたが。
北海道銃を旅行するのに周遊券はやっぱし絶大で、
フリー切符よか有効日数も金額も全く比べ物にならないでした。
「八戸発行の北海道周遊券(10月~6月発行)」
ってのが、金額的にも日数的にもちょー理想的で、
わざわざ八戸の知人に、郵送してとか無茶言ったりしてました。
有名?な塩狩YHの「和寒返し」よろしく、
夜行列車で宿代を浮かす、早朝一番列車に乗る為に、
(そう言うかわかりませんが)「士別(名寄)返し?」
「上川返し?」「新得返し?」「長万部返し??」
などの必殺技!が生まれた…とか。
一時、「天幕」「十勝清水」での交換の時は、
利用者からブーイングが起こった(と思う)です。
・・・在道時は「東京ミニ」よよく使いましたはじめっち
あたいはむずかしいことはよくわかんないだども、
むかしの周遊券ってばペラペラだったから、
B6判のソフトクリアケースに穴開けてヒモ通して、
首からつるしていたのだ。
東釧路のペラペラの手書きの長距離キップも、なしてか好きだったのだ
大会社の身分証明みたいでかっこよかったのだ。
・・・えっ?かっこ悪いってかつるみんなのだ
ゆたか&みならいかのん&はじめっち&つるみん様
こんにちは。コメントありがとうございます。
皆さんも様々な思い出をお持ちですね。
昔ながらの周遊券を出したらJRはかなり損をしてしまうでしょうね。
でも本当に便利で素晴らしい切符でした。
>B6判のソフトクリアケースに穴開けてヒモ通して、
→こういう人何度も見ました。
私も検討したのですが改札でハンコ押してもらうときにいちいちケースから出さなければならず、飛び乗るときなどは不便と聞いていたので結局やりませんでした。
ご訪問ありがとうございました。
またきてくださいね。
只今入院中ですが偶然このサイトを見つけ35年くらい前の北海道にタイムスリップしたみたいで楽しませていたしました ただワイド周遊券特急自由席が乗れるのはゾーン内だけで往復は急行まででした そのため八甲田や十和田が貴重な手段で大阪からは2210発1700青森着のきたぐに利用でした 五能線に乗るためねぶた祭りの時期に大阪から東能代まで座れなかったこともありましたが青森駅桟橋待合室の長椅子の寝心地は極楽でした
ドサ健 さま
こんにちは。コメントありがとうございます。
話題を共有できてとてもうれしいです。
そうですね。北海道ワイド周遊券(たまに道南ミニ周遊券を使う)は散々おせわになりました。
あれほど素晴らしいきっぷはありませんね。
やはり上野から夜行急行で・・・が最高でした。
今じゃ列車があっても体力的に無理ですが。
青森駅の長椅子覚えています。これもまた懐かしいです。
さて現在入院中とのこと。ご自愛くださいね。
私も一昨年の9月に大病しまして入院しました。
その時のことを本サイトのカテゴリ「イヤな思い出」に書いていますのでよろしければご覧くださいませ。
また当サイトで思い出に浸って頂ければ幸いです。
ご訪問ありがとうございました。
1970年後半から80年代によく周遊券で乗り鉄しました。(当時は乗りつぶしと呼んでました)
で、北海道のユースなどでよく周遊券交換を堂々と呼び掛けている人を見ましたが、これは立派な不正です。当時もワイド周遊券を学割で買うと、「身証〇▲号」というスタンプを押されたものですが、それは使用する人を特定するための国鉄側の不正使用防止策であったわけです。発売条件のない切符類でも、改札口を入場した時点で旅行開始=輸送契約締結となりますので、それ以降は他人に譲ると不正使用となります。これは今も同じです。
固いことを言いましたが、わからないからいいだろうという当時の風潮は困ったものでした。(ワイド周遊券をやめるひとつの契機になったのかもしれません。)
オジン鉄ちゃん様
こんにちは。
コメントありがとうございます。
周遊券で旅をされていた時代は私と重なりますね。
確かに不正であると思います。私は心の片隅でそう感じていました。だって買うときはワイド周遊券ならば20日分の料金を払っているわけですからね。
決して良いことではありませんが、周遊券の交換自体はちょっとわくわくする行為だったのが本音でした。
不正はともかくとしてまた周遊券を売ってほしいと思います。