Sponsored Link

札幌ライオンズユースホステル (札幌市宮の森ジャンプ台前)

札幌・宮の森ジャンプ台前のライオンズユースホステル

札幌市の宮の森シャンツェ(ジャンプ台)前にライオンズユースホステルがありました。

ここは札幌オリンピック(1972年)のジャンプ選手の宿泊所として建設されて、オリンピック終了後はユースホステルとして開放されました。

でも冬季はジャンプ選手の宿泊が優先されます。

だから冬は一般の人が泊まれない日もあったんですね。

ライオンズユースホステルがあった場所(Googleマップ)

私がこのユースを利用していた1970~1980年代は恐らく札幌市内で一番交通の不便なユースだったと思います。

何しろ地下鉄東西線の円山公園駅から宮の森シャンツェ行きのバスに約20分ほど乗って終点まで、そしてバス停からユースまでずっと続く上り坂を10分くらい歩いた場所にあったんですから。

だから夜遅く到着や朝早い出発には向いていません。

交通は不便だがとても居心地のよいライオンズユース

でも私は札幌でのユースは可能な限りライオンズを利用していました。

理由は以下のようなものです。


建物がきれいでベットルームもそこそこ広く居心地が良い。

夏などは宿の予約が難しい札幌市内でもライオンズユースは交通が不便なので比較的予約を取れる可能性が高かった。

夜のミーティングは夏季は歌って踊って大騒ぎもあるが、お茶を飲んで静かにという日も多くあまり疲れない。

食事が非常に良い。夜は日替わりで色々とあり、「連日冷凍ハンバーグ」とかの手抜きは無く味もボリュームも抜群だった。

特に朝はほぼ毎日「ジャーマンポテト」(ジャガイモを磨り潰して固めて焼いたもの)とバナナミルクで、若い人にも腹に溜まるので満足度が高い。
しかも食べ放題でとても美味しかった。


このユースも数え切れないほど泊まりましたが嫌な思い出が一度もありませんでした。

閉館年は平成12年(2000年)3月31日だったそうです。

(私が最後に泊まったのは平成5年(1993年)のGWでした。)

札幌駅からはとても遠くて交通費もかなり掛かりましたが、私的には北海道内では大好きなユースの一つで無くなってしまったことは寂しくてなりません。



2010年6月の時点でのライオンズユース跡と目の前のジャンプ台の写真を載せておきます。

2枚の空き地の写真がユースの跡です。2015年でもまだ空き地のようです。

(クリックで拡大します。ブラウザの「戻る」ボタンで記事にお戻り下さい。)

札幌ライオンズYH跡22_R

札幌ライオンズYH跡12_R

P5167404_R

P5167409_R

P5167412_R


【2017年8月13日追記】

ライオンズユースホステルの写真をその後も探したのですが手持ち、ネット共に見つかりません。

しかし1976年(昭和51年)10月9日に高度1200mから撮影した航空写真を発見しましたのでアップしておきます。

画像引用元: 国土地理院 地図・航空写真閲覧サービス

(クリックで拡大します。ブラウザの戻るボタンで記事にお戻りください。)


【2019年2月5日追記】

本サイトへのご訪問者様の「Ogawa Mさま」より、

「“日本ライオンズ青年の家” で画像検索すると外観写真が出てくる」

とお教え頂きました。

その検索結果の中で、以下のサイトに白黒ですがはっきりとした良い写真がありましたのでご覧下さい。
(リンク切れは御容赦下さいませ。)

写真で見る日本ライオンズの歩み

写真を引用と言う形で載せようと思ったのですが、上記サイト内に「全ての無断転載禁ず」の記載がありましたのでリンク先のご紹介となります。

 

Ogawa Mさま

情報ありがとうございました。

スポンサーリンク


8 Responses to “札幌ライオンズユースホステル (札幌市宮の森ジャンプ台前)”

  1. 牛田初(うしだはじめ)&水清豊(みずきゆたか) より:

    札幌に泊まるときは、宮ヶ丘や道青年会館よりも、
    不思議と大倉山を選んじゃうものでした。
    不便だったのかもしれないですが、飯がおいしいのと、
    常連・一見さん関係なく、人と談話する雰囲気があったのかな…と。
    (繁華街に遠く、館内で過ごすことが多かったから?)
    特にお代わり自由の「ジャーマンポテト?」がうまくて、
    当時、日本全国のYHで主食のお代わりは自由だと思い込んでいました。
    ・・・元道民はじめっち

    YHのスタンプがジャンプのイラストに「旅の友」(「友の宿」だったかも)で、
    フレンドリーさがよかったような・・・っす。
    ・・・元道民ゆたか

    • kaikoshumi より:

      牛田初(うしだはじめ)&水清豊(みずきゆたか)さま
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      確かにここは交通が猛烈に不便です。
      朝早い電車や夜遅くに着くと最悪です。

      でも食事はいいし、のんびり出来ますし、何より常連がのさばっているという場所ではないので誰でも楽しめたYHでしたね。
      「旅の友」のスタンプ覚えていますよ。
      懐かしいですね。

      また当サイトにお出でくださいませ。

  2. んにゃ より:

    およそ25年程前に1度だけ泊ったことがあります。ただ、その時の記憶がまるでない・・・。夜に周辺の散策に出掛けていたような気がしたけど、それもここのことだったかどうか。
    初めて北海道に旅した際、当時『札幌ハウスユースホステル』がすこぶる評判が悪くって、それでここを選んだような気が・・・。

    名称に『ライオンズ』って付くので何故だろうと思い、調べてみたところ、『ライオンズクラブ』が運営していたからのようですね。

    • kaikoshumi より:

      んにゃ様
      コメントありがとうございます。
      かなり以前に利用されたのですね。

      ここは泊まるとほぼ全ての人が夜は外出されないと思います。
      行くところがないからです。

      ジャンプ台の上に行けば札幌市内の夜景がきれいかもしれませんが、夜真っ暗ななかあの斜面を登っていくのはほぼ不可能ですしリフトもありません。

      ただYH内にいても充分にくつろげるだけの魅力があったと思います。

      また当サイトにおいでくださいね。

  3. Ogawa M より:

    管理人様
    はじめまして。私もライオンズYHを良く利用してました(そして今もYHの会員です)。毎日宿泊者の記念写真を撮っていて、行くたびアルバムを見てました。YH無き今、何処へ消え失せたんでしょう?階段でジャンプ台を登ったのも、今となっては懐かしいです。
    YHの外観の写真ですが、“日本ライオンズ青年の家” で画像検索すると出てきます。
    先日、大倉山ジャンプ競技場を訪れ、ライオンズYHを思い出し此方にたどり着きました。

    • kaikoshumi より:

      Ogawa Mさま

      こんにちは。コメントありがとうございます。
      ライオンズYHに何度も泊まったのですね。
      私も改めて懐かしく思い出します。

      さて検索したら外観の写真を発見しました。
      写真を見るとこみ上げるものがあります。

      無断転載禁止と書かれていたので本記事中にリンクと説明書きを入れておきます。

      情報ありがとうございます。
      またお出でくださいね。

  4. そこでヘルパーしてました(^_^) より:

    今から35年ほど前にヘルパーをやっていました、
    冬にはジャンプ選手の合宿もあって
    原田くん葛西くんがコドモだったんですよ

    ミーティングで熊のほら話を担当していました(^_^)

    • kaikoshumi より:

      そこでヘルパーしてました(^_^) さま

      こんにちは。コメントありがとうございます。
      年代から言って私は100%お会いしているはずです。

      >原田くん葛西くんがコドモ・・・
      その当時はこんなに偉大な人になるとは思わなかったことでしょうね。

      スキージャンプは1972年札幌大会から日本の強い競技の一つですが、その一端をライオンズYHが担っていましたね。

      今は忘却の彼方ですが・・・。

      >熊のホラ話し・・・
      どんなお話しでしたっけ?
      この手の話しは道内のあちこちのYHでたくさん聞きました。

      ・熊は自分の胸まで手が届かないので、出くわしたら懐に飛び込んで冬眠まで待てば大丈夫・・

      ・山に入る時は白い紙を小さく切ったものをたくさん用意しよう。熊が出たらこれを投げれば雪と間違えて冬眠するから。

      とか色々ありました。
      でも実際のヒグマはそれは恐ろしいですね。
      過去の事件簿を読むと震え上がるほどです。
      うちの子供も小学校4~5年の時に授業でヒグマ対策がありましたし、札幌市内の住宅密集地なのに一時期集団登下校がありました。

      また当サイトへ来て下さいね。

コメントを残す

サブコンテンツ

管理人について

管理人

こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

スポンサーリンク

このページの先頭へ