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西武鉄道の秘密(~1970年頃)

昔の西武鉄道は帯の色が赤だった。

↑これを知らない人が多くなって来ました。

今の西武線の車両(通勤型)はステンレスや白地に青や緑のラインが入っている車両が主力で、少し前だと黄色がベースの車両が主力でしたね。全面にステンレスの帯が入っている車両です。

(2016年2月現在も黄色がベースの車両は走っているのでしょうか?北海道にいるので直ぐに見に行けませんので)

でも昔はベースの色がクリームで赤の帯が入っていました。

赤と言ってもややくすんだ感じの赤でした。

全ての車両がこの配色です。

当時の写真は持っていないので以下のサイトなどでご確認下さい。

(リンク切れはご容赦下さい)

歴代西武鉄道の車両

 

さて私は西武新宿線沿線で生まれ育ち、一時期は西武池袋線側にも住んでいました。

その後新宿や横浜に引っ越したのですが、幼少期の鉄道の思い出はやはり西武線ですね。

1960~1970年前半くらいの時代の話です。

失礼ながら昔の西武線は大手でも他社より見劣りがした。

普段は西武線ばかり乗っていて、学校の行事や遠足もほぼ西武線沿線のみ。

親に連れられて行くデパートも新宿ばかりなので西武新宿まで、若しくは高田馬場乗換えで山手線で2駅の新宿駅という環境でした。

西武池袋線側に引っ越した時は新宿よりも池袋のデパートがメインになりましたけれど、結局は西武線です。

(親は池袋に行ってもいつも駅東側にある西武デパートばかりで西側の東武デパートはあまり好きではなかったらしい)

はっきり言いますね。

この時代の西武線は関東の大手私鉄の中でも車両、駅共に最低水準ではなかったかと思います。

電車がとにかくダサかった。

当時の小田急、京王(井の頭線含む)、京急と比べても・・・。

東武や京成もある部分で当時の西武と重なる部分はありますが、こちらは長距離列車が走っていたりして私から見ると西武よりはランクはちょっとだけ上でした。

東武伊勢崎線は日光方面の立派な特急も走っていますしね。

たまに親の知人の家に行くときに東急東横線に乗ると、あまりの落差に子供心にがっくり来ました。

当時も東横線は5000系青ガエルはかなり少なくなって来ていて7000系や8000系のステンレスカーが主力でした。

(ちょっとマニアックに言うと当時の西武はモータが釣り掛け式という古典的な駆動方式の車両が圧倒的に多かったのですが、東横線はカルダン駆動という今主流の方式の車両ばかりでした。だから西武の釣り掛け式は音ばかり大きくて加速が悪かったです。)

しかも東横線のホームは一部除けばどの駅も西武線よりは明らかに広く綺麗で近代的でした。

また東横線も決してスピードが速くないですが、当時の西武線は路面電車に毛が生えたくらいのスピードと感じました。

まあカーブと踏切がめちゃくちゃ多いので仕方ないとは思います。
(今もあまり変わっていませんよね)

 

しかもホームの幅が凄く狭くて、主力駅である上石神井や石神井公園などもビックリするくらい幅が狭いです。

昨年撮影された上石神井駅のホームの動画を見ましたが、昔と変わっておらず驚きです。

たまに東横線に乗ると「この落差はなんだろうか?」といつも思ったものでした。

まあ東急でも池上線や目蒲線(当時)は当時緑色の古い車両ばかりでしたけれど。

 

そうだ、思い出したことに西武線には荷物電車が頻繁に走っていたと思います。

荷物電車は今はもう何処に行っても無いかもしれませんが、たった1両でしかも特に古い車両の座席を取っ払って全て荷物室にした電車です。

当時、一般荷物の他に新聞もこの電車で運んでいました。

関連記事: 荷物電車の思い出

昔の西武線の発車時の秘密

実は幼少期にはっきりと覚えている西武線の思い出があります。

いつまでやっていたのか、全ての路線と駅で行われていたのかはわからないのですが、その思い出/秘密というのは、【昔の西武線は発車時に必ず警笛を鳴らす】ということでした。

目の前に踏切が無くても、人や車が接近していなくても、誰が見ても危険が無い時でも必ずパァ~ンと警笛を鳴らしてから発車するのです。

幼少の私にとってはホームで先頭車の前にいると「恐ろしいほどの大音量」でいつもビクッとしていました。

とにかくその音がイヤで、ホームでは先頭車に近づかないようにしていました。

なぜ危険が迫っていない場合でも鳴らすのだろう?といつも疑問でした。

でもいつの間にか鳴らさなくなっていました。

乗客や沿線住民から苦情が出たのかもしれませんが、時代の流れなんでしょう。

 

その後赤色の電車が一掃されてから乗った西武線は一部を除きホームの幅の狭さや急カーブ、踏切りの多さは変わっていませんでしたが、車両は大変に綺麗になり線路状態もコンクリート枕木が多く乗り心地も良くなりましたね。

 

また近年では練馬駅が大変に立派になって驚きました。

この新しい練馬駅のホームと通過線の線路配置は東急東横線の元住吉とほぼ同じですね。

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2 Responses to “西武鉄道の秘密(~1970年頃)”

  1. 夏A運転 より:

    はじめまして。60年代に西武池袋沿線で生まれ半世紀たった今でも西武沿線(新宿線)に住んでいるオヤジです。

    確かに自分が幼少時の頃の西武電車は田舎臭くて、赤とベージュの車両の色も垢ぬけないという印象でしたね。

    で、そのころ親に連れられてよく長津田のこどもの国にいったのですが、行くときに乗る東横線のステンレス車両を見る度に普段利用する池袋線との彼我の差を否応なく思い知らされ、東横線はいいなあ・・と思っていたものでした。

    それからおよそ半世紀経ち、池袋線も一部が高架複々線になり、さらにあろうことか「東横線の車両が池袋線を走る」という状況になったわけですから、まさしく隔世の感とはこのことだなあ、と池袋線に乗り入れてくる東急線の電車に乗るたびに思っています。

    駄文失礼いたしました。

    • kaikoshumi より:

      夏A運転さま

      こんにちは。コメントありがとうございます。
      お返事遅くなり申し訳ありません。
      実は大病を患い一月ほど手術入院しておりました。

      やはり私と全く同じ思い出をお持ちですね(笑)

      今は線路のカーブなどはほとんど変わっていないけれど随分と「今風」の路線になりました。
      確かに東横線が乗り入れる、そしてその逆など驚くほどです。

      またお出で下さいませ。
      ありがとうございました。

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
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