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あたご橋バス停(練馬区石神井・1960年代のようす)

1960年代の練馬区石神井のあたご橋バス停はビックリの場所!

西武新宿線の上石神井駅から北へ約1km弱に「あたご橋バス停」があります。

場所は以下です。

あたご橋バス停付近(Google map)

なんでこんな超ローカルな場所について記事を書くかというと幼少の時に付近に4年ほど住んでいたんです。

久々に付近の航空写真やストリートビューを見てあまりの変貌ぶりに驚いて書こうと思ったんです。

まあ私が幼少期ですから変わっていて当たり前なんですが・・・。

1960年代と2015年現在のバス停付近の様子をまとめましたので以下の図をご覧ください。

(クリックで拡大します。ブラウザの「戻る」ボタンで記事にお戻り下さい。)

1960-2015_Atagobashi

現在スーパーのライフがあるところは大きな岩(石?)がたくさん置かれていて、私はこの岩の上を飛び跳ねて遊んでいました。

とても大きな岩ばかりで「なぜこんな場所に?」と当時からいつも思っていました。

そして上石神井駅方面のバス停はこの岩がたくさんある場所にあったのです。

反対方向の大泉学園駅方面のバス停は今と場所は変わらないと思います。


【2017年7月4日追記】
スーパー・ライフの場所に「大きな岩(石?)がたくさん置かれていて・・」という話しですが、航空写真で放置された岩が何となく分かるものを見つけましたので以下に載せておきます。
赤の丸で囲んだ部分に何となく岩らしきものが複数あるのがお分かりかと思います。

出典元: 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス
     http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1

撮影日: 1963年(昭和38年) 6月26日
撮影高度:1700m

(クリックで拡大します。ブラウザの「戻る」ボタンで記事にお戻り下さい。)




またライフの反対側の図で黄色の枠で書いた現在の駐車場と住宅地は当時は放置された草っぱらでした。

かなり草の丈もある場所でしたが友人とよく遊びました。

そしてここに大きな蛇がいてあわてて逃げたこともありました。

大きな、といっても子供の視点からですから実際は大きめの青大将とかだったと思います。

そして大泉学園方向のバス停付近も空き地でほったらかし状態の土地でした。

今となっては信じられませんが、当時付近に住んでいた人はバス停の大きな岩などをよく覚えていらっしゃるのでは?と思います。

 

最後に、ストリートビューで見ると、私が幼少の頃から建替えずに残っている住宅がけっこうたくさんあることに驚きました。

その中には友人宅もありますが、もう別の方が住んでいるんだと思いますけれど。

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2 Responses to “あたご橋バス停(練馬区石神井・1960年代のようす)”

  1. 約30年前の話です。 より:

    ライフができる前は、あたご橋ストアーレオ(という名前だった気がする)というショッピングセンターがありました。電話ボックスがあり、好きな子に電話を掛けた思い出の地です。

  2. kaikoshumi より:

    約30年前の話です。さま

    コメントありがとうございます。
    レオというスーパーがあった時代は存じておりません。

    記事ありますように石置き場の次が私にとってはライフなのです。
    とは言ってもライフが出来る相当前にあたご橋を私は離れていたのですが、久々にあの付近に行ったりストビューで見ても私の幼少期と大して変わらず、しかも昔のそのままの家が残っていたりしてビックリします。

    でもなつかしいな・・とつくづく思います。
    またお出で下さいませ。

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
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