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特急ディーゼルカー キハ82の思い出

とても特急らしかった【キハ82】

(本記事中の写真は全て小樽市総合博物館で2014年に撮影したものです。)

キハ82という特急用ディーゼルカーをご存知ですか?

だいぶ前に引退しましたが北海道ならず全国あちこちで走っていました。

こんな車両です↓

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乗ったことはなくても実際に、あるいは写真で見た人も多いのではないでしょうか?

配色といい姿といい、非常に特急らしい雄姿だと思います。

特に国鉄時代の車両、という感じですね。

前面上部のライトは昔(キハ82設計当時)アメリカの車で流行ったライトを模したものだとか聞いたことがあります。

そういえば昔のアメ車はこんな感じのライトが多かった気がします。

私はこの車両に思い入れがあります。何度も北海道で乗ったからなのですがその後の新型特急気動車のキハ183などよりも全然こっちがカッコいいと思います。

初めて乗ったキハ82

初めて乗ったのは1977年の8月でした。

札幌から函館に向かう「特急 北斗」でした。

室蘭本線経由で確か4時間10分くらいかかりました。

当時の北斗で素晴らしかったのは食堂車が付いていたんです!

ビュッフェじゃないですよ。食堂車です。

太平洋を見ながら食堂車でランチを食べたのを思い出します。

当時は道外の列車も食堂車の利用率も高かったのではと思います。

私が利用した時も満席ではなかったですが、そこそこ席が埋まっていました。

特急型車両は数多くあれど、キハ82でビックリなのは普通車の座席が非常に簡素ということです。

リクライニングもなし、一人づつの分割にもなっておらず【ベンチシート】なんです!

いくら半世紀も前に設計された車両とはいえ、この簡素さは驚きです。

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もちろん座席の回転はできます。

背もたれを前に倒せば回転が出来ました。でもその方法を知らずに四苦八苦している人を何度も見ました。

特急北斗の所要時間は4時間強くらいですが、小樽周りの特急北海だと5時間かかりますし、函館~釧路間の特急おおぞらの運用だと何と10時間もこの座席に座ることになるのです!

私は函館を朝の5時少し前に発車する「おおぞら」で終点の釧路まで乗ったことがありますが、さすがに腰が痛くなりましたね。

クッションもびっくりするくらいペラペラに薄いんです。

でも私はなぜかこの座席が好きだったんです。

座り心地は最低ランクですが、愛着があるというかなんというか・・・。

でもベンチシートなので隣が知らない人だと変な密着感があってイヤでしたけどね。

でもこの車両は特急用ということもあって台車は空気バネを使っているので比較的乗り心地がよく、このペラペラの座席と線路が脆弱な北海道のローカル線を走っても乗り心地はよく、振動が伝わって不快ということはありませんでした。

でもなんでこんなに簡素なシートにしたんでしょうね?

コストダウンミエミエですが、もうちょっとクッションを厚めにしてくれればと今でも思います。

キハ82は特急らしい走りを披露してくれた

この車両は当時の国鉄の標準型であった戦前設計のディーゼルエンジン【DMH17H】を各車両に2台搭載していました。

(食堂車など一部の車両は走行用に1台のみもある)

8気筒、17リッターも排気量がありながら連続定格出力が180馬力しかないという非常に非力なエンジンでした。

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これを1車両に1台しか積んでいない普通/急行用気動車では少しでも登坂になると途端に速度が自転車並みに落ちてしまい「坂の途中で止まるのでは?」と不安に思うことさえありました。

でもキハ82は基本的には1両に2台積んでいますので走行性能はだいぶ違いました。

登坂ではそれなりに速度は落ちますが、在来型の「止まるのでは?」と不安になるほどは落ちませんし、出発時の出足や走行中の再加速もグイグイ加速していくという感じで「さすが2エンジンの特急用だ」と思わせるほどでした。

しかし何かの記事で読んだのですが、急行用気動車でこのエンジンを1両に2台積んだ車両(キハ56など)の方が加速は良いそうです。

理由はキハ82は特急用として接客設備が違う、遮音を考慮した防音設計などで重量が重いからだそうです。

でも1エンジンの在来型とは比較にならない性能だったと思います。

(余談ですが、JR発足後の気動車は出足から高速性能まで電車並みどころか国鉄時代の特急電車をはるかに凌駕するほどの性能になってしまいましたね。)

また速度が低くても急カーブの前後で体が持っていかれるようなグイッという感覚を感じることがありますが、キハ82はその感覚が他の車両に比べて少なかったと記憶しています。

素人考えの理由ですが、「台車に空気バネを使っていること」「連結面にダンパーを装備していること」ではと思います。

特に後者の連結面のダンパーはキハ82のように営業最高速度が100km/h程度の車両では省略されることが多いのですが、きちんとこのダンパーが作用していたんだと(勝手に)思っています。

以下は台車の空気バネと連結面ダンパーの様子です。

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忘れられないキハ82乗車時の思い出

北海道で何度も乗ったキハ82ですが、その中でどうしても忘れられない乗車があります。

1982~1985年頃の真冬に函館本線の倶知安(くっちゃん)から函館まで乗った「特急 北海」です。

深夜の青函連絡船接続列車で、倶知安は確か21時過ぎだったと思います。

しかもその日はかなり吹雪いていました。

私は倶知安のホームの自由席乗車位置に並んでいたのですが、倶知安からもかなり北海を待っている人がいました。

この区間を列車で通った方はお分かりになると思いますがこの駅の前後は非常に深い山の中で線路も急カーブ・急勾配が続き、ましてや吹雪の夜などは運転席からも非常に視界が悪いと思います。

そんな困難な運転手を考慮してなのか倶知安駅の北海の停車位置に立つ駅員さんは列車が近づいてくると手に持ったライトを腕を伸ばして左右に大きく振ったのです!

これで停車位置がわかるのだと思います。

夜間や吹雪の日などはこのような運用をすると決まっていたのかもしれませんが、私から見てその駅員さんの行動はとてもかっこ良くてまさに「鉄道マン」そのものでした。

私が鉄道ファンということもありますが、彼は私から見てまるで列車の救世主かヒーローのように見えました。

彼のこの時の行動は一生忘れられない一場面です。

 

さて吹雪の中定刻に到着、発車した「北海」は一路函館を目指します。

車内は思った以上に混雑していて何とかやっと私一人の席が確保できたという感じでした。

倶知安から海沿いの長万部まではまさに深い山の中で、大きな町もなく漆黒の闇を走ります。

しかも急カーブが連続する単線で、途中の駅はY字分岐と言って上下線の線路を分けるポイントがY字のように左右に分かれているのです。

このY字分岐は特にローカル線ではきつい速度制限を受けます。

同区間のほとんどのY字分岐部分では35~45km/hの速度制限のはずです。

キハ82は駅に進入するたびに速度を落としますが、ブレーキ時にガクンという衝撃もなくスーっという感じで静かに減速します。

運転手の技量はもちろんですが、先に述べた空気バネ台車と連結面のダンパーも効いているのだと思います。

そして40km/h前後の低速で駅を通過して、ポイントを抜けると豪快に加速していきます。

さすが2エンジンだと思いました。

加速時は車内にエンジン音は響きますが、不快な振動はあまりなく快適です。

 

そしてちょっと記憶が曖昧ですが、この列車は長万部を通過だったと思います。

長万部駅の広い構内を通過して数多くのポイントを抜けると海沿いの複線・コンクリート枕木の強化された函館本線をドンドン加速していきます。

倶知安から乗車の場合は長万部を抜けて初めて最高速度の100km/hに達します。

その後も左手に見えるはずの漆黒の内浦湾に沿って豪快な走りは続きます。

森~大沼付近で速度を落とすこともありますが、おおむね最高速度をキープしています。

そして走りに走って深夜の函館駅ホームへ。

私も含めて降りた乗客の殆どが青函連絡船乗り場に走っていきました。

やはり思い出になる乗車というのは真冬の方が多い気がします。

私だけかもしれませんけれど。

 

以下に小樽で写したキハ82の写真をいくつか載せておきます。

ここ小樽市総合博物館に行けばキハ82に会えることができますよ。

以下に2014年10月5日に小樽市総合博物館で撮影したキハ82の動画がありますのでご覧ください。

(以下からご覧になれない方はこちらからご覧ください。


 

永遠に保存して頂きたい名車だと思います。

 

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8 Responses to “特急ディーゼルカー キハ82の思い出”

  1. Hiroshi より:

    この世で私が一番好きな鉄道車両は「キハ82」です(同じく50代の男性です)。小樽の「キハ821」は幌枠が紛失してしまっていて寂しいです(準鉄道記念物なのに!)。北海道で保存のキハ82(3両)はすべて屋外展示で心配です。名古屋で保存されているものは屋内展示で状態はよろしいのですが、大スターに囲まれて「その他大勢」に成り下がっている気がします。青森の八甲田丸で保存されているものは屋内展示だし、薄汚れてはいますが、一番よい展示方法だと思いま
    す。
    ベートーベンの曲だって発表当時は新曲だったんです。いつの時代のものを好きになったっていいじゃないですか!キハ82よ永遠に!

    • kaikoshumi より:

      Hiroshi さま
      コメントありがとうございます。
      私もキハ82は一番特急らしい車両であると思っています。
      今となっては大変レトロな車両ですが当時の開発陣の意気込みが感じられます。

      ただおっしゃるように保存が心配です。
      野外というのは当初から「お金がないから」というのも理由の一つと思いますし、どんなにメンテをやっても朽ち果てる可能性が極めて高いからです。

      小樽の保存車両も下回りはかなり悲惨な状態になっています。
      ただただ長く保存されることだけを祈っております。

      ご訪問ありがとうございました。
      またお出で下さいませ。

  2. ねずみのはむちゃん より:

    ノンダクレー様、こんばんははじめまして、ねずみのはむちゃんと申します。懐かしいですねキハ82、私とキハ82の出会い(正確にはキハ81のくろしおは1975年位で揖斐長良川橋梁を渡っているとことを叔父のクルマから見ました)は、紀勢本線でキハ82+キロ80+キハ80+キハ80+キハ82が長編成っていったところで、キハの座席が回転式クロスシートから117系と同等品と思われる転換クロスシートになって、トレインマークがデザインされたものに変わって(1986年頃?)国鉄末期やJR化後は基本がキハ82+キロ80+キハ80+キハ82という短編成でした。
    キハ82とキハ80、キロ80の3種類です。これでも私もう45歳超えて50歳が迫ってきている年代です。
    最近キハ82系ひだ・南紀編成JR東海仕様なるものがTOMIXから発売され、早速購入し懐かしい思い出が蘇ってきました。
    北海道仕様が重点的だったキハ82系にJR東海仕様とはいえ、私のお馴染みの乗車したキハ82系が模型化されホームライナーみえ(快速みえの可能性を試し実現しました)のヘッドマークも初回限定品でついているのが嬉しいです、当時ホームライナーみえの広告が新聞に入っていました。
    キハ80の回転クロスと転換クロス、優美なキハ82の全面と南紀がキハ85に置き換えということで、紀伊勝浦→名古屋迄キロ80に奮発して乗ったこと。
    あのDMH17HエンジンのサウンドとTC-2A(DF-115A)のトルコンの変速の切り替え音とDT-31台車の滑らかな乗りこごち。浮床構造でそれも理由の一つですね。
    私の地区(近畿地区と大阪圏しか住んだことありません、実際には名古屋はエリアとは言い難いです)ではリニア鉄道館で、キハ82 73が運良く屋内で丁寧に展示されております。
    いいものは何時までもいいですね。

    • kaikoshumi より:

      ねずみのはむちゃん さま

      こんにちは。コメントありがとうございます。
      キハ82にも色々な思い出をお持ちなんですね。

      この車両の性能はJR後の気動車とは比較になりませんが、でも当時としてはさすが2エンジンと思える走りっぷりでした。

      JNR時代、最もJNRらしかった特急車両だと思います。
      色々と文献を読んで行くと台車や車間ダンパーなど新幹線に繋がっている技術開発も多々あるようです。

      これからも保存と歴史の継承を祈りたいと思います。
      リニア鉄道館は行ったことが無いのですが、どうしても行きたい場所の一つで、機会を作っていきたいと思います。

      この度のご訪問ありがとうございました。
      またお出で下さいませ。

  3. ねずみのはむちゃん より:

    ノンダクレー様、こんばんは、ねずみのはむちゃんです。
    北海道のキハ82系も再現したいですね、資金難とタネ車の再現や需要がね。
    中々難しいかもしれませんが、Netで調べてみます。
    南紀やひだは実際乗っていますし、家族旅行ではこれで決まりですって感じだったので。

    • kaikoshumi より:

      ねずみのはむちゃん様

      こんにちは。再訪ありがとうございます。
      キハ82は小樽にしても三笠にしても定期的に手は入れられていますが、でも外で野ざらしであり、メンテナンスの頻度も決して高いとは言えませんので近い将来朽ち果てる可能性が高いです。

      屋外でもずっときれいな展示車もありますが、北海道は冬が大変に厳しいのでカバーをかけてもダメなんですね。
      何とか永久保存してほしいと思っています。

      またお越しくださいませ。
      ありがとうございました。

  4. EKちゃん より:

     私は、北陸の福井県北部に住んでいますが、中学のころまで、キハ82の特急白鳥を北陸線の線路や地元の駅で見かけました。赤とクリーム色の優美な姿が今でも忘れられません。大阪から青森まではるばる走っていくんだなと思い、電化されていない区間も関係なく走っていけるディーゼル特急に力強さを感じました。黒煙とすすけた屋根がご愛嬌でしたが、いつかは乗ってみたいと思う特急でした。
    それがいつの間にか電車となり、それもだいぶ前に廃止されてしまいました。いま日本海側の鉄道は、トワイライトも日本海も廃止されさびしい限りです。

    • kaikoshumi より:

      EKちゃん様
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      皆さんキハ82には多くの思い出がおありのようですね。

      あれほど特急らしい車両はもう生まれないだろうし、過去の多くの車両でもこれほど多くの人に感動を与えた車両も珍しいと思います。

      スピードは遅くともまさに「旅に出る」車両だと思います。

      ご訪問ありがとうございました。またおいでくださいね。

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管理人について

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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