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釧路まきばユースホステル

多くの人に愛された釧路まきばユースホステル

北海道・釧路市内に「釧路まきばユースホステル」がありました。

その名のとおりサイロを模した建物と味のある昔のユースホステル(以下YH)らしい木造の内装が魅力でした。

「まきば」と名がついていても実は住宅地のど真ん中にあったのです。

駅から確か15~20分くらい歩いたと思います。

ですから交通は不便であり朝早い列車を利用するときはちょっとなぁ、と思うこともありましたが私は大好きで何度も何度も泊まりました。

場所はこちらです。

2015年7月に撮影されたストリートビューを見ると建物はそのまま残っているようです。

↓2015年7月現在のまきばYH(跡) クリックで拡大します。

201507-makibayh_sv

出典元: Google map ストリートビューから切り出し。

 

開館は1972年(昭和47年、札幌オリンピックの年)で閉館は34年後の2006年10月31日だったそうです。

私がYH旅行を卒業して大分経った後に「星のまきばユースホステル」に名前が変わったみたいです。

ここのYHは夏でも冬でもいつ行っても混雑していましたね。

私が泊まりに行っていた時期はまだYHが人気の時代だったのかもしれませんが。

私の釧路まきばユースホステルの思い出

私が泊まりまくっていた時代は1980年代なのですが、以下のようなことを強烈な印象に残っています。


駅から遠い! 「まきば」と言っておきながら住宅地のど真ん中!

中は典型的な昔からのYHの構造。木貼りの床、スチールの2段ベットなど。

ペアレント(管理人)は細くて物静かなおじさん。私の記憶では冬はいつも毛糸の帽子を室内でも被っていた。

ペアレントは目立たない方だったが、若くてパワーのある学生ヘルパーよりも遥かによく働く方。

ヘルパーがしょっちゅう「明日は一番早く起きて朝食を一人で作ってやる!と意気込んでも目が覚めるとペアレントがすでに食事を作り終わっていた!」と嘆いていた。

食後に名物のデザートが出る。「アップル餃子」というもので餃子の皮で焼きリンゴを包んで油で揚げたもの。絶品と言えるうまさだった!

駅から遠いので早朝の列車利用の人は大変。でも朝早い人のためにも朝食を頑張って作ってくれていた。

夏はわりと騒ぐ系のミーティングを行い、ヘルパー(バイトのスタッフ)のギターで大声で歌い踊ったりもした。

ミーティングではよく「高石ともやとザ・ナターシャー・セブン」の名曲「街」をよく歌った。 本当に心に染み入る名曲。

実はこの歌は今でもカラオケにある。私はカラオケに行くたびに必ず歌います。


今地図で見ても本当に不便な場所にあったもんですね。

でもいつもにぎわっていました。

YH全盛時代のYHの評判というのは100%口コミでしたから、やはり「まきばYH」の人気はすごかったんですね。

 

ところで「まきばYH」の詳細のサイト様を見つけました。ぜひご覧ください。

写真も大変に豊富でYHの室内も映っています。

ペアレントのお写真とご挨拶も載っています。なんか「まきばYH」を思い出すと青春そのものだったので涙が出そうです・・・。

(リンク切れはご容赦ください。というかサイト様、閉鎖しないでね!)

まきばYHのサイト様はこちらです。

↑残念ながらこのサイトはサービス終了により閉鎖されたようです。
別途支援者が作ったサイトを探したのですが今日現在見当たりません。

発見したらここに記します。
またどなたかサイトの情報ありましたらご連絡下さい。(個人名が出なければ下のコメント欄でOKです)

(2018年8月19日追記)

 

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22 Responses to “釧路まきばユースホステル”

  1. はじめっち&ゆたか&みならいかのん&つるみん より:

    すんません、また「いたずらくがき」します。

    自分らは基本的に「市立釧路YH」に泊まることが多く、
    そこが閉まっているときに限り、「まきば」を利用していました。
    その当時、川北町(駅裏)には一杯飲み屋がたくさんあったんですが、
    「まきば」さんの持ってる独特の雰囲気的に飲まれ、
    酒屋で買ったロング缶2本程度をYH内で飲むことが普通でした。
    それでも、常時数人入る旅行者と話をすることはとてもおもしろく、
    ランプが似合いそうなお宿でした。
    ・・・不良だったんでお酒ないと…はじめっち

    「まきば」には直接関係ないっすけど、「市立釧路」「まきば」に続いて、
    今年の3月31日いっぱいで、標茶町の「とうろYH」がなくなったのんす。
    市立釧路からの縁で何回か泊まりに行ってるうちに、
    「はりこみ」「ていさつ」「のぞき」の基礎を
    知らないうちに洗脳され、望遠鏡は買うわ、NikonEDは購入するわで、
    立派な変〇者になってしまったっす。
    んだども、おけげで在道中(25年間)はいい趣味が持てて楽しかったのっす。
    ・・・主に「つるぞう」ののぞきっすゆたか

    釧路管内のYHさんも本当になくなってしまいました。
    3軒とも思い出深いYHさんでした。
    ・・・これも時代なのでしょうみならいかのん

    あたいはむずかしいことはよくわかんないけども、
    ミーティングにおかしとかを持ってくと、すごく喜ばれたのだ。
    基本22時までだったけど、まきばのおっさんは
    話が盛り上がってると、ちょび見てみないふりして
    1時間近く伸ばしてくれたりしたのだ。
    ・・・厳しいことで有名だったはずなのだつるみん

    失礼をばいたしました(はじめっち)

  2. kaikoshumi より:

    はじめっち&ゆたか&みならいかのん&つるみん 様
    コメントありがとうございます。
    釧路付近のYHはなくなってしまいましたね。

    確かに時代、なのですが残念以外の何者でもありません。
    観光客は増えていますが全国的にYHの時代ではないのでしょう。

    「市立釧路」はかすかな記憶なのですが1回だけ泊まったような記憶があります。
    本当に相当前ですが、春採湖のほうではなかったでしょうか?

    「まきば」は確かに「きびしい」といううわさを聞いたことがありますが、何度も泊まりましたが全然そんな感じはしませんでした。

    しかし決してゆるすぎ、いい加減ではなくて本来の姿のYHだったのではと思います。
    何時行っても暖かい、繁忙期でも一人ひとりを大切にする、そんな素敵なYHでしたね。

  3. obrigado より:

    失礼いたします。
    まきばユース、懐かしいですね。1968年7月旭川ユースに宿泊していた際、ペアレントから元のヘルパーが釧路に新しいユースがオープンするので手伝いに行ってくれと言われ、開業前の一週間ほど掃除、造作、料理などサイロの上部にあった部屋に泊まりながら、色々面白い経験をさせてもらいました。
    離農した酪農家の建物を改築してユニークなユースで旧新釧路駅から徒歩5分位だったと記憶します。
    ペアレントは旭川ユースの頃から「トンボさん」と呼ばれていました。

    • kaikoshumi より:

      obrigadoさま
      コメントありがとうございます。
      旭川YHも泊まったことがあります。
      確か伊の沢スキー場の場所ではなかったですか?

      大変貴重なご経験をされたのですね。
      サイロの上部に部屋があったのは聞いたことがあります。
      でもホステラーは泊まれませんね。

      ぜひまた当サイトへお越し下さい。
      ありがとうございました。

  4. obrigado より:

    オープンの日時を勘違いしていました。1972年と書かれていますね。殻付きの牡蠣を処理した記憶がありますので秋だったと思います。

  5. こりゃりゃー より:

    駅から歩いて5分くらい、横に止まった車から「まきばユースに行くのかい」との声が。「そうです」と応えると、「乗って」と言われました。
    釧路駅着が午後6時を過ぎ、忙しい時間だろうし歩けない距離ではないので送迎を頼んでいなかったのですが、わざわざ迎えに来てくれたのかと思ったことがあります。
    1978年8月19日の宿泊当時のイメージでは、住宅街と言うより街の外れ、牧草地に隣接していたような気がしています。
    古いアルバムを整理・デジタル化をしていたなかでこのページにたどり着きました。

    • kaikoshumi より:

      こりゃりゃー様

      コメントありがとうございます。
      このYHは駅から歩くと遠いですね。
      特に冬は大変でした。

      住宅地の中ですが、昔は近隣に草ぼうぼうの空き地がたくさんあったとおもいます。

      また当サイトにお出でくださいね。
      ご訪問ありがとうございました。

  6. んにゃ より:

    評判の良いユースホステルだったと記憶していますが、何故閉館してしまったのでしょうか?。
    ペアレントは今、何をされているのでしょう?。
    文中でも跡と書かれているように、現在建物は廃墟と化しているようですが、ひょっとして施設の老朽化が原因だったとか?。

    ちなみに今年に入って閉館となった『釧路湿原とうろユースホステル』ですが、今も公式サイト上ではユースホステルの名前が残ってますよね。
    果たしてこれ、どういうことなんだろう?。

    • kaikoshumi より:

      んにゃ 様
      コメントありがとうございます。

      私は何度も「まきば」を訪れていますが、常連というほど行っていないので詳細はわからないのですが、知る限りではPさんがお歳もそれなりになられたようですので、それが理由なのかな?と勝手に思ったりします。

      記事の最下段に「このサイトは閉鎖されたようです」とまきばYHに関連したサイトのことを書かせて頂きましたが、そのサイト中でPさんのお顔を拝見できましたが、昔の面影はもちろんあるにせよ、かなりお年を召された感じでした。
      ただとてもお元気のようでしたが。

      『釧路湿原とうろユースホステル』は私は泊まったことがありませんが、YH協会のサイトを見ると本年3月31日に閉館した、と書かれています。

      んにゃ 様がご覧になった後に更新されたのかもしれませんね。

      ご訪問ありがとうございました。
      またお出でくださいませ。

  7. セラミックおじさん より:

    二十歳前半の頃、まきばに泊まってペアレントさんととても仲良くさせていただきました。
    放浪癖がなくなって、ただの大人になってしまった今。出張で釧路に来ました。
    ホテルの朝食バイキングでコーヒーを飲みながら検索してこのページに辿り着いて…なんか胸にこみ上げてきました…人生って面白いものです

    • kaikoshumi より:

      セラミックおじさん様
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      利用されていらっしゃったんですね。
      様々な思い出がよぎったことでしょう。

      >・・このページに辿り着いて…なんか胸にこみ上げてきました…人生って面白いものです・・・

      →こういうお言葉を頂くと「このサイトを立ち上げてよかった」、「また記事を書こう」という励みになります。
      どうもありがとうございます。

      また当サイトにおこし下さいね。

  8. ゆたか ほか より:

    「まきば」の閉館についてはよくわからないのっすが、
    90年代の閉館1~2年前に泊まった時に、
    ここをよく使われる宿泊者さんによれば、
    「ペアレント(あるいはマスターって言ってたかもす)さんは、
    自分の定年は60歳だと決めていて、そこから先はYHはやめるといってる」って
    聞いたことがあるっす。そういう判断は、びしっと決められた方だったそうなす。
    ・・・何に起因してるかわからなかったっすが…ゆたか

    • kaikoshumi より:

      「ゆたか ほか 」様
      貴重な情報ありがとうございます。

      おやめになった時は60歳だったのでしょうか?
      YHのPはサラリーマンとは比較にならないほど過酷ですから、ゴールを決めていたのかもしれませんね。

      でも誰かに引き継いで欲しかったなぁ、と部外者だから勝手なことを言ったりします。

      またお出でくださいね。

  9. はな より:

    釧路湿原とうろユースホステルは、ユースホステル協会を脱退して宿を続けているようで、じゃらんで予約受付をやってました。公式サイトはそのままになっているようですね。

    • kaikoshumi より:

      はな様

      こんにちは。コメントと情報ありがとうございます。
      協会を脱退してもある期間(かなり長い事もあるが)公式サイトやYHとして情報が残っているところは多いようです。

      でもこれは私が知る範囲なのですが、YH協会脱退→しばらくYHという名が残る→YHの名を何時までも残せないのでまったく異なる名前の宿になる→いつの間にか閉館・・・、というところが多い気がします。

      YH協会に残るメリットが少ないのかもしれませんが、どっちみち今は昔からのYHを引きずる安宿路線では存続が難しいのかもしれませんね。

  10. なっちゃん より:

    はじめまして。
    1980年代後半よく北海道を一人旅したものです。釧路では春採湖のYHの方によく泊まりました。まきばYHには1回だけお世話になったのですが、その際とても印象に残ったのが掛けられている絵です。物憂げなアイヌの少女とか…その画家の名前が知りたいです。

    木造の古い細岡駅からてくてく歩いて大観望まで行ったのはいい思い出です。

    • kaikoshumi より:

      なっちゃん 様
      こんにちは。コメントありがとうございます。

      私は春採湖YHは知ってはいても泊まらず仕舞いでした。
      あそこは場所が不便ですね。

      「まきば」も駅から離れていますが、まあ徒歩20分強なので列車の乗り降りには大して不便でもありませんでした。

      でも残念ながら「絵」のことは記憶に無いんです。
      ごめんなさい。

      細岡からの展望台・・・→私も何度か行きましたがいくといつもどんより空で、快晴の写真が一枚もありません。

      でも野生のシカに出会えたりしました。

      ご訪問ありがとうございました。
      また当サイトにお越しくださいね。

  11. たけちゃん より:

    昔、35年くらい前ころよく泊まりに行っていました!
    朝早くからタンチョウの撮影をするため、釧路駅からバスに乗ってタンチョウの里に毎日出かけていました!
    ロッキングチェアに座りカムイ外伝の漫画を読み、おやつタイムにアップル餃子にシナモンティーが楽しみでした。
    そのあと年末になると浜小清水ユースホステルに釧網線に乗って行きました!まだあの頃は標茶で列車の半分が標津線に別れた記憶があります!

    • kaikoshumi より:

      たけちゃん様
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      35年くらい前というと1983~1984年頃だと思いますが、その時期は私もガンガンYHに泊まっていた時期でした。

      もちろんまきばYHも何回も行きましたのでお会いしているかもしれませんね。

      そうです、アップル餃子ですよね。

      あの頃は(今は?)YHはマンガがずらーっと並んでいる本棚が必ずあって、早く着いた時、雨の日の連泊でも退屈しませんでした。

      標津線も乗りましたね。
      釧路から根室標津行きの急行「しれとこ」がありました。これは標茶までは急行「大雪」と併結で、「しれとこ」は標茶を出ると終点までは普通列車になるんです。

      この列車の事も本サイトでは記事に書いていますのでぜひご覧下さい。↓

      http://u0u1.net/PNpn

      また当サイトにお出でくださいね。

  12. ジープ より:

    ノンダクレーさん初めまして、山形県在住の者です。

    今から46年ほど前「牧場ユース」に泊まりましたが記憶は美化してしまうのでしょうか、綺麗な建物という覚えが残っています。

    釧路を訪ねる予定があるので、あの建物だけでも見てみたいものです。このサイトのお陰でそんな気持ちになりました、ありがとうございます。

    • kaikoshumi より:

      ジープさま
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      私より先輩ですね。
      私が初めて北海道を訪れたのは43年前の1976年となります。

      でも牧場は当時もきれいだったと思いますよ。
      全体に木を使っていましたが、手入れもよくて清潔でした。

      ぜひ行ってみてくださいね。

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管理人について

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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