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日立キドカラー ポンパのCM

日立キドカラー ポンパはとても画期的なテレビだった

日立のカラーテレビのブランドで【キドカラー ポンパ】というものがありました。

このテレビは1968年(昭和43年)に発売されたそうですが、ポンパというのは「スイッチをポンと入れるとパッと画面が映る」という性能から来ています。

それまでのテレビは真空管式が多く、真空管は電源を入れてもフィラメントを十分に温めないと動作しないのでスイッチを入れてもしばらく時間が経たないと(1~数分)テレビは映らない、ラジオも聞こえないという状態だったのです。

また今の液晶テレビが普及する前、つまりほんのちょっと前ですがテレビはブラウン管を使っていましたが、これも実は真空管の一種でヒータでフィラメントを温めないと作動しないのです。

真空管式のテレビやラジオも電源オフ状態でヒータ電源を入れてフィラメントを温めておけば電源スイッチオンですぐに作動しますが何分フィラメントを温めるというのはたくさんの電気を使うので非常に不経済でした。

でも日立はそのような仕組みを取り入れて真空管式でもすぐに画面が映るものを発売していたのですが(多分他社も?)電源オフでも電気をたくさん食いますし、かなりの発熱を伴うので決して良いことではありませんね。

でもポンパはトランジスタを使ったテレビなのでヒータを温めるのはブラウン管だけですので、待機電力が非常に低く電源オンですぐにテレビが見れたのです。

 

私が幼少時代のテレビやラジオは確かに電源スイッチを入れて暫くしてから段々画面が明るくなる、音が聞こえてくるというのが普通でしたね。

(でも私の年代では小学校に入る頃にはほとんどすべてトランジスタに代わっていたのですが。)

ポンパに比べれば今の液晶テレビの通常起動モード(高速で立ち上がる設定をしない状態)やDVDレコーダの起動時間の方が遥かに長くて私的には真空管時代に戻ったようにも感じます。

 

そして「キドカラー」の意味は当時はわからなかったのですが、ブラウン管の蛍光面に希土類を添加することによって輝度=明るさを改良したということから希土と輝度をかけて「キド」にしたそうです。

なるほど、と思いますね。

 

↓1972年ごろのキドカラーポンパ

昔は小型以外は家具調テレビが普通でしたね。

197208

出典元: toraブログ 様

http://torablog.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-7db4.html

キドカラーポンパのCMは前代未聞の規模!

私がキドカラーポンパを本サイトで取り上げたのは上述した当時画期的な起動時間を誇った性能についてではありません。

広告があまりにも大規模で派手だったからです。

恐らくポンパの前の時代、およびその後現在に至るまでポンパほど大規模な広告は存在しないのではと思います。

普通商品の広告というとテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、電車内の広告、そして今でいえばインターネットが追加されるということになりますね。

ポンパはインターネットなどない時代でしたが、全国をSL列車【ポンパ号】で宣伝しまくる、気球を全国に飛ばして空からも宣伝をするという今の時代でも考えられない規模だったのです!

 

今でも気球で宣伝をするというのはありますが、さらに全国を走破するSL列車を仕立てて・・・なんて今の時代では絶対にできません。

SLを走らせる困難さということではなくて、電車であっても全国を宣伝のためだけに走らせる、膨大な広告費をかけるなんてありえない時代です。

でもポンパはそうやって宣伝をしたのです。失礼な言い方をすれば「たかがカラーテレビに」です。

さらに双子のデュオのザ・ピーナッツに「日立キドカラーの歌」を歌ってもらい、これでもか!!って宣伝していましたね。

(今でも一部のフレーズが頭に残っています)

日立は本当に心底真剣に売ろうと思っていたんですね。

 

また鳥のキャラクター(ポンパくん)を作って宣伝に花を添えていました。

↓こんなのでした。

kidcolor

出典元: 大阪 アホげな小発見。とか 様

http://osaka.way-nifty.com/blog/2009/04/27-6fca.html

 

「ソリッドステート」とはトランジスタで構成された電子機器のことを言います。

当時は真空管からの移行期でもあったのでテレビ、ラジオ、ステレオなどに「ソリッドステート」と誇らしげに表示するのが流行ったのです。

 

以下の3枚は1971年に札幌駅で撮影された列車と、列車内観覧整理券の写真です。

3枚とも前述の「toraブログ 様  http://torablog.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-7db4.html 」から引用させて頂きました。

特に観覧整理券なんてものはこの記事を書いていて初めて知りました。

(3枚ともクリックで拡大します)

19710414_2

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19710414_1

 

また飛行船ですが、これも驚きでしたね。

大きく「キドカラー」と赤い文字で書かれた船体が全国を飛び回っていました。

当時私は練馬区の上石神井に住んでいたのですが、よく家の上空や学校の上空を飛んでいました。

特に授業中に誰かが「あ!飛行船だ!」と叫ぶと全員視線が外に行ってしまい、先生は生徒を授業に戻すのに大変でした。

 

当時の上石神井は東京23区内と言っても畑が多く残っており、学校帰りにキャベツ畑の脇から飛行船を見て感動したりしていました。

住宅は当時から多かったですが、畑も多かったので開けた視認性のよい場所も多かったんです。

 

飛行船はこんな↓感じでした。(クリックで拡大します)

中央のビルは当時日本一の高さの霞が関ビルですね。

p6

出典元: みんカラ 覆面える 様

http://minkara.carview.co.jp/userid/240223/blog/11637783/http://minkara.carview.co.jp/userid/240223/blog/11637783/

 

私にとって小学生時代の大きな思い出の一つがこのキドカラーポンパの飛行船なのです。

恐らく今後もポンパの規模を超える広告は出現しないと思います。

(でもうちのテレビはポンパではありませんでした・・・)

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4 Responses to “日立キドカラー ポンパのCM”

  1. 夢次郎 より:

    こんにちわ。
    キドカラーで検索しててたまたま発見ました。
    我が家には未だに文章の中にあげられてる足のあるキドカラーがあります。
    昔、80:歳のお客様から譲り受けた物ですが、未だに裏板にはビニールに入ったイヤホンがくっついて居たりします。
    何年か前に2年ほど掛けてやづと地デジが映るようにしましたが、その後は放置状態なのでぼちぼち通電しないととは考えています。ついでたからと、ビデオを繫ごうという所で中断中です。色も怪しくはなってきましたが、今のきっちきちの音とは違って、画質も音質もどことなく大らかで、もっとゆくっり生きろと言われている様な気さえします。目標はこれでオリンピックを観る事です。車にしてもですが、今の物って、あの頃の熱い情熱や熱気って、めっきり感じなくなってしまいましたよね。

    失礼しました…

    • kaikoshumi より:

      夢次郎さま
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      未だに動作するポンパがあるとは驚きです!

      ちゃんと映るんですね。半世紀くらい前になると思いますが、メンテしても映るのが不思議です。

      この手の製品だと最初にスイッチ類(TVだと選局)が接触不良となり、やや遅れてボリュームがガリになり、そしてケミコンがドライアップになると思います。
      もちろんブラウン管もどんどん劣化しますが、絵が出るというレベルで言えばブラウン管は意外に持つと思います。

      仰るように最近は「情熱や熱気」を感じる製品が激減したと思います。

      例えばDVDレコーダーやCDプレーヤだって、安く買えて音質も良いのは歓迎ですが、昔のVHSやカセットデッキのように「買う前からドキドキする」という製品はなくなってしまいました。

      もっと遡ればラジカセだってカタログ見ただけで血が騒ぐほどのドキドキ感がありましたね。

      お金をかけて絢爛豪華にしなくてもドキドキする商品は作れると思います。
      車もそうですがメーカーにはもっと感性に訴える製品を作って欲しいです。

      このたびのご訪問ありがとうございました。
      またお出で下さいね。

  2. ゆたか&はじめっち より:

    さすがに「キドカラー」はないっすけど、40年以上前に技術科で作った
    6球…でなくて6石?式のラジオは多少ボリュームがイカれてるけんども、
    ちゃんと聞こえるのっす。ちゃんと「発光ダイオード」のチューニングランプもあるっす。
    今日は藤沢も寒かったから、6:55の567KHzが明瞭に聞こえたっす。
    標茶と大樹?と陸別で23℃、寒くなったっす。
    むかしの真空管は、夏と冬で性能が変わったっすけど、
    電波も同じで、こっちは冬のほうがよく飛んだっす。
    ・・・話がショットガンになったっすゆたか

    日立のキドカラー、なつかしいです。鳥さんが鮮やかでかわいかったです。
    うちのテレビは松下電器だったんですが、他メーカーの「ズバコン」にあこがれてました。
    ・・・「ヒバゴン」ではない…はじめっち

    • kaikoshumi より:

      ゆたか&はじめっち様
      コメントありがとうございます。

      技術の授業でラジオ作りましたね。
      でも私は6石スーパーじゃなかった気がします。
      6石だと値段が高いし初めて作る中学生にはハードルが高いからでした。

      それとも高校?

      札幌は今10cmくらい雪が積もっていますが、それでも例年からするとウソみたいに少なく、未だに藻岩山スキー場はオープンできていません。

      私はスキーやらないのでこのまま真夏突入を希望します!

      ズバコンとかもありましたね!
      ポンパなどの少し後(1972~1974年ごろ)には世は空前のラジカセや短波も受信出来る高性能ラジオブームでした。

      ラジカセの記事も近いうちに書きますが、名前が次々と思い浮かびます。

      「パディスコ」、「スカイセンサー」、「吠えろ!クーガ!」、「早撃ちマック!」、「ジーガム」などなど・・・。

      あの頃の製品は見ただけでドキドキしました。

      ご訪問ありがとうございました。

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管理人について

管理人

こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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