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葉山 御用邸前の海の家(現:Nowhere but Hayama)

葉山 御用邸前の海の家(葉山 一色海岸)

神奈川県の三浦半島西側の葉山(はやま)に一色(いっしき)海岸という海水浴場があります。

ここは目の前が葉山御用邸で天皇陛下を始め皇族の方が休養に訪れる場所です。

三浦半島にゆかりのない方でもテレビなどで海が目の前の御用邸を見たことのある人は多いと思います。

場所はこちらです。(Google map)

海沿いの県道207号線から御用邸の脇を通る細い道を行くと途中の右側に「レジャー貸別荘 Nowhere but Hayama」があります。

築90年にもなる古民家を今風のリゾート別荘に改装してオープンした素敵な別荘です。

Nowhere but Hayama様のサイトはこちらです。

この貸別荘がまだ「古民家」だった時は長いこと普通の海の家として使われていました。

某企業所有(提携)という施設だったのですが、実は私はこの海の家時代に数えきれないほど泊まりに行きました。

従姉妹の親の関係なのですが毎年夏になると従姉妹たちとここに泊まりに行くのが楽しみで仕方ありませんでした。

私にとっても従姉妹にとっても一年の最大のイベントだったのです。

通っていた時代は1963年頃~1973年くらいまでです。

国鉄(当時、現JR)の逗子駅から京急バスに乗って一色海岸のバス停で降りて、歩いて2分くらいの場所です。

この海の家(現Nowhere but Hayama)の場所はこちらです。(Google map)

一色海岸の海の家の思い出

県道207号線からの海の家を通って海岸に出る道はずっと砂(昔)で左側には御用邸の高いコンクリートの壁が続きます。

そして道の途中右側に重厚な日本家屋があるのです。

ここが私が毎年通っていた海の家であり、現在のNowhere but Hayamaなのです。

Nowhere but Hayamaになってずいぶんと小綺麗になりましたが、でも外観は昔と少しも変わっていません。

私から見ると驚くほどです。

 

当時の海の家の見取り図は以下のようなものです。当時は平屋でした。(確か)

(クリックで拡大します)

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上記の図にも書きましたが、今はありませんが玄関に向かって右手にシャワーが2つか3つありました。

海から戻ってここで砂を落としてから裏口のお風呂に行くのです。とても合理的ですね。

でも私はここのシャワーが嫌いでした。理由は足元に緑のコケがたくさん生えていて、虫もいろいろといたからです。

だから短時間でサッと砂を落としてお風呂に直行でした。でもお風呂がなんと五右衛門風呂だったんです!

暑くて恐くて入れませんでした。それに海で日焼けしているので湯船に浸かるなんて体が痛くて出来ませんでしたね。

あと嫌いだったのがトイレです。長い廊下の突き当りでちょっと暗くて恐かったんです。

ボットン便所だったかは覚えていませんが時代を考えるとそうだったかもしれません。

でも気に入っていたのは外に木のテーブルがあって、お昼はそこでご飯を食べるのです。

午後も海に行くので砂だらけの体で室内に入ることもなくとても合理的と思います。

でもここのテーブルの上を蟻などが這っていてそういう面ではきらいでしたけどね。

 

あと最近の一色海岸の写真を見るとずいぶんきれいな砂浜ですが、私が幼少のころに通っていた時はゴミだらけですごく汚かったんです。

子ども心に「ウェ・・!」と思うほど汚くて夜花火をやる人が多かったんですが、花火のごみも砂浜に放置されていました。

モラルが時代とともに変わったんでしょうね。

それと8月の2週とかやや遅い時期に海に入るとさんざんクラゲに刺されました。

一番刺されたのは今テレビでよく話題になるカツオノエボシという薄青い胴体と異常なほど長い触手を持つ毒クラゲです。

海でビニールのゴミにすれ違ったのかな?と思った直後激しい痛みが手足に走ります。

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出典元: 串本海域公園

http://www.env.go.jp/nature/nco/kinki/kushimoto/JP/danger/danger_07_katsuonoeboshi.html

 

真っ赤に水膨れになるほど刺されたこともありました。

幼少の頃でも頭に来て棒や網でクラゲを捕まえて炎天下の石の上に置いて処刑したこともありましたね。

数時間もしないうちに姿がなくなって石の上が少し濡れているだけになっていました。

今考えるとちょっとおぞましいですが・・・。





 

さて以下にNowhere but Hayama様のサイトから引用させて頂いた写真を載せておきます。

私からすると基本が変わっていないのでうれしいですね。

(クリックで拡大します)

↓正面入り口(私に言わせれば昔のまま)

 シャワーは敷地右側にあった。

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↓玄関を望む。玄関はちょっと高めのステップになっていた。

 左側に五右衛門風呂があった。

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↓一番私が寝泊まりした部屋。

 奥正面外に昼食用の木のテーブルがあった。

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↓見取り図。上記の私が書いた図と見比べて頂きたい。

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1972年8月の葉山の海の家の写真(+@)

私が従姉妹とこの海の家に行った時の写真を載せておきます。

2016年基準で44年も前ですが雰囲気は伝わると思います。

(クリックで拡大します)

↓この奥が県道207号線。右側が御用邸

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↓長い廊下のL字部分

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↓左側すぐが玄関。正面奥が御用邸

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↓1965年ごろの一色海岸と私

(奥のお店の看板に注目!)

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以上ですが、驚くほど変わっていない部分が多くNowhere but Hayamaを企画された方には昔利用した身として感謝したいと思います。

思い切り小奇麗になりましたが基本は昔のシルエットそのものです。

言い換えれば90年も前の日本家屋ってすごいんだな!とも思いました。

ずっと残ってほしい建物です。

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
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