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懐かしい切符と列車の話し(1)

懐かしい切符と列車

【本記事内の写真はすべて友人からご提供頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。】

(関連記事)

懐かしい切符と列車の話し(2)

懐かしい切符と列車の話し(3)

青函連絡船 羊蹄丸

 

鉄道が好きな友人から懐かしい切符を見せて頂きました。

多くは列車名が脳裏から忘れかけていたものでしたし、知ってはいても乗ったことのない列車も多くあります。

「乗ったことがない」最大の理由は私が幼少期に全盛だった列車が多いからです。

切符と共に懐かしい列車を振り返ってみたいと思います。

「特急 日向/かもめ」 「急行 伊豆」

何と昭和44年(1969年)の「特急・日向、かもめ」と昭和46年(1971年)の「急行 伊豆」の特急券と急行券です。

初期のマルス(コンピュータによる指定席券発行システム)の切符なので機械印字とスタンプ、手書きが混在しています。

関連記事 1: マルス JR(JNR)の座席予約システム

どういう時代かというと、高度経済成長真っ盛りで、昭和45年(1970年)には大阪で万国博覧会が開催されています。

長距離列車などもとても元気だった時代で、国鉄が「DISCOVER JAPAN 美しい日本と私」という旅行のキャンペーンをやっていました。

 

関連記事 2: 日本最初の万博は東京(のはずだった)

関連記事 3: DISCOVER JAPAN ! (国鉄のキャンペーン)

 

(クリックで拡大します。)

↓裏面です。クリックで拡大します。

表面の「こくてつ」の文字と動輪のマークが泣かせます。また「裏面」の表記も読むと懐かしさが込み上げる方もいらっしゃると思います。

時代を感じさせますね。

まさに「JNR 日本国有鉄道」の時代です。

「日向」は私は乗った事がありません。「かもめ」も当時の列車には乗っていません。

「当時」ではなく「いつ?」かというと1995年頃にJR九州の783系電車で長崎と佐賀の間を乗ったのです。

運転席すぐ後ろの席が「かぶりつき」が出来る座席でそこでずっと眺めていましたが、一部単線区間もありながらほぼ全区間で最低でも100km/hをキープする走りっぷりには感動しました。JR時代の電車、気動車は格段に速くなりましたね。

 

「急行 伊豆」は1970年ころから何度も乗りました。静岡県伊東市に親戚がいたので東京からの片道に利用することが多かったのです。

車両は153系電車でしたね。2ドアボックスシートが「急行電車」の象徴のように思えました。「特急 あまぎ」を補間する列車として走っていたのです。

関連記事4: 特急あまぎ(東京発伊豆急下田行き)

急行 アルプス

中央線の「急行 アルプス」の昭和46年(1971年)の松本から新宿までの指定席券です。

(クリックで拡大します。)

私が「アルプス」に乗るようになったのは昭和50年(1975年)ごろからなので、そのちょっと前の時代の切符になります。

信州が大好きで恐らくざっと数えただけで30回近くは行っていると思います。

「アルプス」の思い出としては私は実は昼間の「アルプス」はあまり乗っていないんです。この列車は昼間走るのと夜行があったんです。

昼行は「特急 あずさ」の補間列車で、車両は昼も夜行も勾配区間に対応する165系電車でした。

 

↓「♪ 8時ちょうどの~」の「あずさ2号」特急券です。

(クリックで拡大します。)

夜行のアルプスのダイヤの詳細は忘れましたが新宿発は23時過ぎ、松本は5時代だったのでは?と記憶しています。

週末などは仕事が終わって夕食を済ませそのまま新宿駅へ、車中で睡眠をとって朝早い時間に松本に着くので市内観光には早すぎる時間ですが登山者にとっては有効に使える良い時間帯でした。だから運転時間帯としては非常に便利で重宝されていた列車だったんです。

でもこの夜行「アルプス」非常に曲者の電車だったんですよ。

なにが?と申しますと走り出すと信じられないほどゆっくり走るんです。

おおよそのダイヤですが23時に新宿を出て松本が5時だとすると所要時間は6時間、この区間の距離は225kmですので表定速度(途中停車時間も含めた平均速度)は37.5km/h!

私鉄の普通電車並みの表定速度です。上記はダイヤがはっきりしていないので正確な数値ではありませんが、違ったとしても40km/hを少し越えるくらいの表定速度だと思います。

 

発着のそれぞれの時間を考えると上記のようなことになって仕方ないのでしょうが乗っていてイライラするほどの遅さでした。

体感的には巡航速度は50km/hくらいでは?と思いました。夜行であり乗客は寝ている人が多いので関係ないかもしれませんが、ちょっとなぁと思い、駅間は80km/hくらいで走り、主要駅で停車時間をたっぷりとればよいのではと今も思います。

まあ色々と都合があるのでしょうけれどね。重宝していた列車には違いありませんでしたが。

青函連絡船指定席券

今はなき青函連絡船ですが、私も数え切れないほど乗りましたのでたくさんの思い出があります。

初めて乗った船は羊蹄丸、最後に乗った船も羊蹄丸でした。青函連絡船は記憶の範囲では53回くらい乗っています。

乗る回数が奇数回なのは片道が飛行機だったりジェットフォイルの時があったからです。

 

関連記事5 : 青函航路を”飛んだ”超高速船ジェットフォイル

関連記事6: 青函連絡船 羊蹄丸

 

出航時の「蛍の光」、「ドラの音」、「早朝に着く便のスピーカから流れる鳥のさえずり」、「入り口近くの売店」など・・・。

私の世代ではドラの音も既に録音されたスピーカからの音でしたが、誰に見送られるわけでもないのに船の出航というのはグッとくるものがあります。

さて以下の切符が青函連絡船の指定席券です。

(クリックで拡大します。)

昭和46年(1971年)当時は300円だったんですね。当時の物価からするとどうなんでしょうか?

乗船時間は3時間50分でしたからやや安いくらいなのかもしれませんが。

青函連絡船はカーペット席と普通の椅子席、グリーン船室がありましたがカーペットは閑散期は自由に寝転がれてよいのですが混雑期だとまるで難民船みたいになってしまうので混んでいる時は椅子席に行きました。

(私はグリーン船室は使ったことがありません。)

椅子でも列車よりもずいぶんとゆったりとした配置なので快適そのものでした。またシャワーを使えるのがよかったです。特に夜行列車明けは最高に気持ちがよかったですね。

 

青函連絡船での楽しみはレストランでの海峡ラーメンでした。塩ラーメンがすごくおいしかったです。

あと連絡船後期は一部船室をラウンジに改造していました。ここでは函館ワインも飲むことも出来ましたし、コーヒーが絶品だったんです。

何というか深煎りコーヒーとでもいうのでしょうか?大変に薫り高くコクのある大人の味でした。そしてコーヒーに付いてくるミルクがまたこれが素晴らしい味でした。北海道産の物凄く濃いミルクなんです。見た目はミルクですが味は生クリームに近かったと思います。シルバー色の金属の小さなピッチャーで提供されました。

コーヒーに付いてくるミルクで今日にいたるまで私は青函連絡船で提供されたこのミルクを上回る味を経験したことがありません。

 

津軽海峡の航路はたかだか113kmですが、乗船時間3時間50分(最後の方は3時間40~45分だった)、そして前後の乗換時間を含めると4時間半くらいここで費やされることになります。

でも「この海峡はこの船に乗らないと越えられないんだ」みたいな感覚があってまさに旅路そのものでした。今でも思い出すと目頭が熱くなります。

なお青函連絡船は連続定格出力1600馬力のディーゼルエンジンを8台も積んでいて、3時間50分というダイヤは大変に余裕のあるダイヤであって、出発に大幅な遅延がある時などは3時間半を切れるダイヤで運行できるそうです。

 

私にとって思い出深い羊蹄丸は悲しいことに2013年4月に解体されてしまいましたが、東京の船の科学館に展示されている時に大量の写真を撮って来ましたので近いうちに本サイトで記事を書こうと思います。お楽しみに。

「特急 ひばり」 「急行 まつしま」

新幹線開業前の東北本線は在来線トップクラスの高速運転区間であり、速度はもちろん優等列車運転本数も全国トップクラスで他路線を圧倒するほどでした。

特に上野~仙台/盛岡/青森は新幹線開業が予定よりもかなり遅れていたというせいもあり「可能な限りの高速運転」が行われていました。

その中で「特急 ひばり」は在来線特急最高速でした。

車両は当初はキハ82系から始まり電化後は485系、ボンネットタイプも運転されていました。

(クリックで拡大します。)

1968年(昭和43年)10月のダイヤ改正(所謂ヨンサントウ)では最速3時間53分で仙台まで走破する列車も現れました。

(最高運転速度120km/h、全区間(仙台まで)表定速度89km/h超)

他にも「はつかり」などもかなりかっ飛ばしていましたね。急行「くりこま」は急行列車では日本最速の表定速度で80km/hを超えていました。

「くりこま」は仙台~盛岡/青森を走っていて車両は165系の交直両用版ともいえる455系でした。

でも東北本線はダイヤ改正の度に列車本数が増えていき、たしか1978年のダイヤ改正時だったと思いますが、線路保守のためという事で「ひばり」を始めとする主な特急列車の速度が下げられてしまい、上野~仙台間で4時間を切る列車は無くなってしまいました。

 

急行「まつしま」も上野~仙台間を特急の補間列車として走っていましたね。ただ全区間乗ると5時間20~30分かかっていましたのでボックスシートだと混雑時はちょっときつかったですが。

(クリックで拡大します。)


他にもまだ本記事と同様の切符の写真がありますので、後日書いていきたいと思います。

ぜひ「あの日の名列車」の旅をお楽しみください。

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管理人について

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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