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東横線・日吉駅(1991年以前)

東横線・日吉駅は私の青春そのもの

横浜市港北区にある東急東横線の日吉駅は1991年に改築工事が終り、大変綺麗で立派な駅に生まれ変わりましたね。

私は1974~1984年まで日吉に住んでいたので改築前の駅舎の方が心に残るものがあります。

青春真っ只中を過ごしたという事もあったと思うのです。

もちろん転居後も東横線はしょっちゅう利用していましたし、懐かしさのあまり日吉で途中下車することも何度もありました。

 

(関連記事)

横浜・南日吉の思い出の商店

サンテラス日吉(横浜市港北区)

OKストアー日吉店(1980年前後)

横浜・日吉の赤門坂にあった中華料理屋の六番

以前の日吉駅の特徴

現在の駅舎になって既に26年も経ちますので日吉に住んでいる人、毎日駅を利用している人でも旧駅舎を知らない人も多いかと思いますので記憶の範囲でご紹介します。


日吉駅は渋谷寄りが完全に外に出た状態で、横浜寄りは切り通しを利用した半地下構造だった。

ホームは利用客の多さに比して現在よりもだいぶ幅が狭く、特にホーム中央付近の地下階段の線路側はちょっと恐かった。

桜木町行きの急行は一番南側(慶應側)の1番線に着線していたが、必ず各駅停車と接続するパターンではなかった。

渋谷方面の急行は一番北側の4番線だが、やはり横浜方面からの各駅停車を先行させて接続するとは決まっていなかった。
日中などは隣の3番線には各駅停車でも日吉始発の日比谷線直通電車が停まっていることが多かった。

東口(慶應側)に出る場合はホーム中央付近の地下へ降りる階段を利用して、改札へはまた昇る構造。
しかし西口階段を利用して当時あった綱島街道を跨ぐ陸橋を利用して直接慶應大学側に行くことも出来た。

西口(商店街側)に出る場合は一番桜木町寄りのたった1ヶ所の階段を登るしかなかった。

当時の日吉駅にはただ一つのエスカレーター・エレベーターが無かったのでご年配や荷物を多く持った方は大変だったと思う。
しかも朝のラッシュ時は大変な混雑の駅だった。

西口改札は橋上コンコースとなっていて、いくつかのお店もあって通勤通学の途中にちょっと寄るというのには便利だった。

東急は関東の私鉄の中では自動改札機の導入がかなり早く、1974年に私が引っ越して来た当時既にあったと思う。
(他路線では関西の方が自動改札機の導入はかなり流行ったのです。特に阪急が)

日吉駅は東横線の駅(というか東急の駅)の中でもトップクラスの乗降客の多い駅なのだが、当時は改札内にはトイレが一ヵ所も無かった!

改札外でも西口階段を下りて普通部通り側に小さな公衆便所が一ヵ所あっただけだった。
慶應大学側には一ヵ所も無く、大学は駅前の綱島街道を渡り、校舎までは構内をかなりの距離歩くので学生にとってはちょっと辛かったかもしれない。

駅西口にあるたった一か所の公衆便所は男女共用で、しかも男子用は外から丸見えという悲惨さだった。
当時も「これほど乗降客の多い駅なのにこれで良いのか?」と疑問に思っていた。

 

【番外情報】西口前の普通部通りと中央通りの間にあるソフトバンクは私がいた当時は、現在日本から撤退した「ソフトクリーム&ハンバーガーチェーンのデェイリークィーン」だった。

ここのソフトクリームは逆さにしてもアイスが落ちないというほど硬く名物だったが、ハンバーガーはトマトの水分でぐちゃぐちゃで私的には美味しくはなかった。

その後ここは一旦ジーンズショップになった時代もあった。
(1984年頃)

なお普通部通り入口にあるマクドナルドは確か1980~1982年頃の開店のはずです。


以下に当時のホームの様子とコンコース内の様子の図を載せておきます。

これらは私の記憶の範囲で書いていますので間違いがあってもご容赦ください。

むしろご指摘して頂ければ大変にありがたいです。

(クリックで拡大します)

これらをご覧になって色々と思い出された方もいらっしゃるのではと思います。



写真が殆どない旧日吉駅

私のように日吉に住んでいた者はなかなか地元の写真など撮ったりしないものですね。

もちろん写真が趣味ならば別ですが私は当時は大して写真に興味がありませんでした。

ネットで調べても旧日吉駅のことはほとんど出て来ません。

そんな中でいくつか見つけましたのでご覧に入れます。

(クリックで拡大します)

↓日吉駅西口

画像引用元:駅誕生秘話(日吉~桜木町)様

http://touyoko-ensen.com/mini%E2%80%90info/cook/ht-txt/078ekimei-2.html

 

この↑写真は「1981年7月1日発行 とうよこ沿線」に掲載されたものですが、撮影年月日が書いてありませんでした。

しかし私の拙い記憶からすると1970年代とかではないかと思います。

右側にバスの待合室がありますが、私が住んでいた時はこれが無かったように記憶しています。

そして「問題の公衆便所」の場所は写真の待合室の右端の方でした。
この位置は自信を持って言えます。

この写真の方角を現在のストリートビューで見ると以下の感じとなります。
(クリックで拡大します)

 

また以下は1975年(昭和50年)1月3日に高度1200mから撮影した日吉駅です。
(クリックで拡大します)

画像引用元:国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス

http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1

 

また以下のサイト様も大変に興味深い映像(動画)がありますので是非ご覧ください。
(リンク切れはご容赦ください)

港北区 駅舎の今と昔 日吉駅




 
日吉駅が現在の形になってあっという間に四半世紀過ぎてしまいました。

でも一般にインターネットが普及したのがWindows95だとすると、たったその4年前に日吉駅は新しくなったのです。

でも驚くほど昔の駅の写真や情報がネットにありません。

だからこそ私が書きたかった本記事になったのです。

田舎のローカル駅ならばいざ知らず、日吉のような利用客が多い駅で、しかもたかだか四半世紀で情報がないと思うと寂しくなります。

 

でも日吉で大きく変わったのは駅だけで、それ以外はあまり変わっていません。

敢えて変わった場所を言えば飲食店が非常に増えたという事です。

私がいた当時は隣の急行通過駅である元住吉の方がお店は多かった気がします。

昔から学生の街なのに不思議だと思っていました。

 

でも浜銀通りの山村書店がスターバックスに変わったのもちょっとだけ残念です。

同じ日吉でも私が住んでいた南日吉地区は恐ろしいほど変わりませんね。
南日吉団地以外は。

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10 Responses to “東横線・日吉駅(1991年以前)”

  1. てつ より:

    初めてコメントさせて頂きます。私自身日吉で生まれ育ち、今も少し離れた高田に住んでおります。年齢的にはちょうど四十ですので、記事の内容に懐かしさを覚えて感動しております。日吉駅懐かしいです。あの駅舎もずいぶん昔になるんですね。私の実家が中央通りを行った所になるので、今の商店街の変貌ぶりには驚いてしまいます。

    • kaikoshumi より:

      てつ様
      こんにちは。ご訪問とコメントありがとうございます。
      日吉で生まれ育ちとは私が在住時に多少重なっていたかもしれませんね。

      日吉は駅も変わり駅前商店街も店がずいぶん増えましたが、狭くてごちゃごちゃした感じはまったく変わっていませんね。

      でも多少学生街らしくなったのかな?

      高田にお住まいですか?
      以前祖母が高田中央病院に入院していたことがあり、お見舞いに行きました。

      高田方面といえば、そういえば道中坂下行きのバスもいつの間にか無くなってしまったようで・・・。

      本記事中にリンクがありますが、日吉地区の他のことも話題にしていますのでぜひご覧くださいね。

      またのご訪問とコメントお持ち申し上げます。

  2. 東横 より:

    昔の日吉駅の写真懐かしいですね。公衆便所は確か汲み取りでとても臭かった記憶があります。東横線だと高島町や桜木町の駅外の公衆便所も汲み取りで、とてもじゃないですが使用に耐えるものじゃありませんでした。催した場合は菊名駅構内で済ませてました。

    • kaikoshumi より:

      東横さま
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      ここのトイレの個室は使ったことがありませんので(使う気になれない)汲み取りかどうかは覚えていないのですが、とにかく「臭い」、「外から丸見え」の2点の印象が強いです。

      飲んで帰る途中トイレに無性に行きたくなり、ここのトイレに入るのですが一瞬で酔いが覚めてしまうほどくさかったです。

      早く出なきゃと思いつつ、外からは丸見えで最悪でしたね。

      この度のご訪問ありがとうございました。
      またお出でくださいませ。

  3. 東横 より:

    日吉駅の公衆便所は間違いなく汲み取りでした。下水が通ってなかったのか汲み取りのまま一旦改築されて、駅舎全体の改築の際に水洗になったはずです。妙蓮寺も円筒形の水洗便所が駅横にできる前は、寺境内の汲み取り便所を使わされた記憶がありますね…。東横線各駅も、今では駅構内に綺麗な便所があるので隔世の感があります。懐かしい時代です。

    • kaikoshumi より:

      東横さま
      コメントありがとうございます。
      そうですか、汲み取り式でしたか。
      私はうろ覚えですが、とにかく「ここの便所は”小”までで、個室は絶対に入りたくない!」とはいつも思っていました。

      当時でも東横線は首都圏では「ちょっとハイソな電車」というイメージが定着していましたからあの便所はあまりにも強烈でした。

      本サイトには「恐怖のボットン便所」という記事もありますのでよろしければご覧下さい。
      ご訪問ありがとうございました。

      ↓恐怖のボットン便所↓
      http://kaikoshumi.com/2017/04/13/%E6%81%90%E6%80%96%E3%81%AE%E3%83%9C%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%B3%E4%BE%BF%E6%89%80/

  4. より:

    はじめまして。
    今や日吉駅は目黒線・東横線のジャンクション駅ですよね。
    ところで東横線の朝のラッシュについてお伺いしたいんですが日比谷線北千住行きはどころへんから押し込まないと乗れないくらい混んでいたんですか?教えていただければ
    幸いですが?

    • kaikoshumi より:

      花さま
      コメントありがとうございます。

      >「・・・日比谷線北千住行きはどころへんから押し込まないと乗れないくらい混んでいた・・・」

      →ご質問は本記事で書いたような時代(目黒線開通前)のことでよろしいのでしょうか?
      「北千住行き」とのことですので。

      一応それを前提にお答えします。
      朝のラッシュピーク時でも日比谷線直通は「すし詰め、身動き取れない」ほどは日吉の段階では混まなかったと記憶します。

      もちろん並ばないと日比谷線直通は座ることは出来ませんでしたが、朝の日吉の上り電車は急行の混雑がトンでもないくらい酷かったですね。

      そして日比谷線直通が「すし詰め」に近くなるのは自由が丘くらいからです。

      急行に乗り換える人もいれば、急行から日比谷線直通に乗り換える人、大井町線から日比谷線直通に乗る人など様々でした。

      そして相当混んだ状態で、とどめは中目黒です。
      電車によっては「ふざけるな!」と言うほど混みましたね。

      中目黒は昔も今も混雑の割にはホーム幅が狭いのが問題です。

      こんな回答でよろしいでしょうか?
      またご質問&再訪くださいませ。

  5. GUMIKO より:

    管理人さま、こんばんは。
    先日、約20年ぶりに日吉駅を訪れ、その変貌に目を丸くしてきたところです。
    81年~95年頃まで日吉駅を利用していました。「とうよこ沿線」の写真、とても懐かしいです。80年代前半まではこんな風だったと思います。右手のバス待合室奥の方にケーキ屋さんがあったのを思い出しました。トイレより手前ということになるでしょうか。
    山村書店と井口文華堂がなくなったのが寂しいですね。ほとんど毎日立ち寄っていたので。
    駅に東急ができたのもついこの前のような気がしてましたが、もう四半世紀になるんですね!どうりで自分も……(笑)

    • kaikoshumi より:

      GUMIKO様

      こんにちは。コメントありがとうございます。
      私は1984年11月まで日吉(南日吉)にいましたので、GUMIKO様とは確実に重なっています。

      人ごみの中ですれ違っているかもしれませんね。

      >・・ケーキ屋さん・・
      →はっきり覚えていないのですが確かありましたね。非常に間口が小さい。
       それにしてもあの「トイレ」は最低最悪でした。
       逆にその印象が未だに鮮明な記憶になっています。

      >山村書店と井口文華堂がなくなった・・
      →南日吉の自宅近くには2件の小さな本屋があって、普段はそこを利用していましたが、駅の帰りなどはよく山村さんに寄りました。
      あの本屋が無くなったとはかなりショックでした。

      あと中央通奥、右手側にあったレコード屋もたまに行きましたが、ほしいものが殆ど無かった品揃えの悪い田舎のお店みたいでした。(まだあるのかな?)

      駅前の東急は本当にびっくりです。
      でも東急が出来たよりも、あれほど狭い駅前によくあんな巨大建造物を作れたな、というほうがびっくりだったりします。

      このたびはご訪問ありがとうございました。
      ぜひまたお出でくださいませ。

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
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