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初めて触ったコンピュータ

最初はどんなコンピュータ?

今やパソコン(PC)、スマホと誰でも一人一台自分で操作できるコンピュータを持つ時代ですが、「生まれて初めて触った(使った)コンピュータ」は何でしたか?

人により多種多様ですし、同じWindowsでもメーカ、型番も星の数ほどありますね。

でも多くの方は「Windowsが出る前のPC-8001/8800/9800シリーズ、アップル、MZシリーズ、FMシリーズ、他」、「MSX」、「Windows95及び以降のWindowsマシン、Mac」ではないでしょうか?

そしてプログラムは(特にWindows95以前は)高いお金を出して買ったり、雑誌に出ていたリストを必死で打ち込んだりと動かすのに大変な思いをされた事でしょう。

ゲームやホビー関連で使ったり、或いはビジネスでもガンガン使っていたりでまさに「使い倒す」マシンではなかったでしょうか?

でも私にとっての真の初めてはポピュラーな上記の中にはありません。
まあおっさんだから世代も違うからなんですけど・・・。

私にとって初めてのコンピュータは

私にとって初めては実は3段階あります。

1.最初に触れた

2.最初に使った

3.最初に買った

です。

一つ一つ説明していきましょう。

私が最初に触れたコンピュータ

恐らく小学校1~3年生のころ、時期的には1967~1969年頃かな?と思います。

ある日の日曜日両親に連れられて父の職場の一部を見せてもらえることになったのです。

父は当時、霞が関の役人でした。
でも行った先は霞が関ではなくて飯田橋か四谷辺りだったと思います。

静かな住宅地の中にある広い敷地の建物に入り、「コンピュータを見せてやる!」と父は自慢げでした。

当時はメインフレーム(大型コンピュータ)しか無かった時代ですし、データの入力・出力も大掛かりなものしかありませんでした。

 

↓かなり古いIBM社の製品ですがイメージは付くと思います。

画像引用元:TechCrunch Japan 様
http://jp.techcrunch.com/

 

当時の私はコンピュータは「電子計算機」、「色んな複雑な計算を瞬時に行う大型の機械」くらいの認識しかなく、ましてや仕組みや構成などは全くわかりません。

父と職場の人が、「ここにデータ、つまり計算などをさせたい数値を書いたカードを入れて、こちらのボタンを押すとコンピュータに読み込ませることが出来る。」と教えてくれて操作をさせてくれました。

恐らくダミーと思われるパンチカード数枚を手渡されて、方向などをそろえて機械にセットします。

 

パンチカードを知らない人が多いと思いますが、以下の写真のようにカードに印刷された数字やアルファベットの部分に穴をあけてデータを表すものです。
データだけでなくプログラムもこれで入力できますが、大容量のデータや長いプログラムの場合はとてつもない枚数のカードが必要になります。

↓クリックで拡大します。
以下はFORTRANの”Z(1) = Y + W(1)”の1行を表しています。

画像引用元: Wikipedia

でもセットしたその場で読取るのではなくて、セット後に横のボタンを押すとエアーの力でプシューという音と共にカードが一枚づつ吸い込まれて、透明な筒の中を物凄い高速で移動していきます。

その「筒」は天井付近にも張り巡らされていました。

そして「筒」の終点に行くと別の機械が自動的にパンチカードを読み込んでいくのです。

今考えるとなぜこんな仕組みにしたのかは分かりません。
カードをセットしたその場で読み込めば良いのにと思うんですが、もしかしたらその機械は別の部屋から送られてくるパンチカードも集中して読み込むという構成になっていたのかもしれません。

幼少の私はただカードが移動するだけであっても「コンピュータを操作しているんだ!」みたいな気持ちになり何度もやらせてもらいました。

 

今考えると物凄い事です。

休日の職場に入ってコンピュータの入力操作をやらせてもらえる(子供が)ということ自体とんでもないことですし、大いなる疑問として役所が使う大型のメインフレームは当時24時間365日稼働だったと思うのに休日はマシンが止まっていた、という摩訶不思議な事です。

当時のコンピュータは全てメインフレームで、しかも大変に高価なのでありとあらゆる仕事を休む間もなくやらせていたはずでは?と思います。

当時の日本は高度経済成長真っ盛りでしたが、一部の側面には「のほほん」とした部分もあったのかもしれませんね。

なおその時のメーカや機種はさすがに分かりませんが、その後調べてみると当時は国産勢も健闘していましたが、圧倒的にIBMのシェアが高く、「電子計算機室」(←こういう名前が当時は普通)という室名ではなくて「IBM室」という名称を付けていた役所・会社もあったそうです。

だからIBMだったのかもしれません。

また特に規模の大きいメインフレームを設置した部屋は【電子計算機センター】と言っていたようです。



私が最初に使ったコンピュータ

上述の父の職場のコンピュータはとても「使った」とは言えない経験でしたが、ある程度本格的に使ったコンピュータは【NEC ACOS】が初めてでした。

私の某最終学歴の学校の「電子計算機センター」にあったNEC製の超大型メインフレームです。

時期は1980年頃ですが、ACOSの何というモデルかは覚えていません。
ただ後に調べると、ACOSシリーズの中でもかなり上位(最上位?)の超大型システムだったようです。

 

とにかく大変に規模の大きなシステムで、部屋に入る時にはスリッパに履き替えて、埃の侵入を最小限にするために二重ドアでした。
でも決してクリーンルームに入るようなエアロックなどはありませんでしたけどね。

このACOSは元を取るためか徹底的に稼働させていて、のんびりと自分のクラスで占有することは許されず、プログラムなどの準備は事前に各自行っておく必要がありました。

もちろんACOSの前でデバッグに頭を悩ます、なんて猶予も与えてもらえず、夜中は一般企業に貸し出していて、ほぼ24時間365日稼働だったようです。

当時のメインフレームの特徴なんでしょうか?
図体のでかさ、磁気テープ装置の台数の多さに比して、入出力用のキーボード端末の台数は極めて少なく、プログラムとデータはパンチカードで入れるように言われていました。

メインフレーム(当時は?)のキーボード端末はデータの入出力用ではなくて、全体のプロセス管理などが主なんですかね?
私は卒業してからメインフレームをいじることは一切無かったのでこの部分はよくわかりません。

 

ディスプレイは超低解像度のグリーンキャラクタディスプレイで、入力データや出力データを表示するのではなくて(出来るんだろうが)、ジョブの進行プロセスが表示されていました。

 

例えばですが、私の学籍もしくはデータの処理番号がAA1234だったとすると、「AA1234 Processing start」(←正確な記憶ではありません)とかが表示され、コンパイルが始まると「Compile begin for AA1234」などと表示されていました。

計算結果の出力はディスプレイで確認ではなくて、高速のラインプリンターでした。
ずいぶん昔の機械ですが、このラインプリンターはかなりの高速印字で次から次へと容赦なく印刷していきます。
自分の分を取り忘れると出力用紙が溜まる箱の中に埋没して回収が大変なことになってしまいました。

しかも自分の分だけ切り取り線で分けてくれて、なんてことではないので自分の物を見つけたらさっさと切り取り線で切り離す必要があります。

キーボードは「かな表示」は無かった気がするのですが、PCのENTERキーに相当するキーは日本語で「送信」と書いてありました。
他のキーの表記は覚えていませんが、キーボードから「かな」は打ち込めなかったと思いますが、日本語で書かれた各種のショートカットキーが付いていたと薄っすら覚えています。

 

この超大型ACOSで最初にやらせたことはお決まりの「π(円周率)の計算」でした。

他には「万年カレンダー」、「ASCIIアートで顔を作成」を作りましたが、全てFORTRANで作ったんです。
私は情報処理専門の学部では無かったのでCOBOLはやっていなかったので学校で習った高級言語はFORTRANと簡単なアセンブラだけでした。

でもFORTRANを学べばPC用として普及したBASICは文法が同じなのでほぼ自動的に覚えられますね。

またASCIIアートはこの当時この名称があったのかは覚えていませんが、とにかくキャラクターを使って人の顔や絵を描くという手法は普通にあったのです。

また乱数を使ったモンテカルロ積分で面積を求めるとかもやりました。

 

そして結果が印刷されて出て来ると「お~!」と思いましたが、その感動も数分後には消え去っていました。
まあそんなもんでしょう。

 

その次に使った機種はPCではなくて、やはり授業で使ったNEC製の「32ビットスーパーミニコン」でした。
操作など基本はACOSと殆ど変わらなかったと記憶していますが、ACOSと接続されていたわけではなくて、入力装置(カードリーダー、キーボード)とラインプリンタだけ繋がった完全なスタンドアロンでした。

 

私が最初に買ったコンピュータ

これは社会に出た年のゴールデンウィークに買った「シャープ MZ80K2E」でした。

こちらの機種については以下の当サイト内リンク先を参照ください。

MZ-80K2E 初めて買ったパソコン

 

メインフレームは無くなる?

最近は学校(学部)でメインフレームを教えるところは何%あるのでしょうか?

PCしか教えない学校も非常に多いですし、若い方は【コンピュータ=PC】と頭に刷り込まれていて、【メインフレーム=過去の産物】と思っている人も多いと思います。

実際今のPCの性能を始めとする進化は物凄いものがあります。

(ネット環境の充実も含め)

 

しかしあなたが週に何度か使う銀行ATM(コンビニも含め)や列車・飛行機の予約システムなどは全て今でもメインフレームです。

他にも重要な基幹システム、例えば政府系、大規模なインフラ管理もメインフレームが活躍しています。

 

PC(スマホ含む)でこれらの重要なものに個人でもアクセスされていると思います。
例えば指定席、旅行ツアー、PCからのATM振込/残高確認などですが、それは手元で操作しているのがPCであって、接続先はメインフレームなのです。

メインフレームは今後もかなり長い期間無くなることはありません。
単純に演算速度だけならばPCに負けますが、PCとは比較にならないほどの【超高信頼性】がメインフレームにはあります。

PCは単純にはかなり早いですが、負荷が重くなると一気に速度が低下して処理結果が安定して得られない、ハングしてしまうなどの致命的な欠点がありますが、メインフレームはそのような事は殆どありません。

また世界でメインフレームを作っている会社は現在6社あってうち3社は日本の会社だそうですが、これもメインフレームが生き残っていく証ではないでしょうか?

 

一部の会社ではメインフレームをやめて、全てオープン系(UNIX及びWindows含む)に変えたところもありますが、今度は莫大な数のPCを管理しなければならず、逆にトータルの信頼性が低下して一部をメインフレームに戻した会社もあるそうです。

もしあなたが新たに銀行口座を作る時に、

1.データを扱うコンピュータはやや旧型のメインフレームだが、ほぼ障害知らずで稼働している。

2.すべて最新最速のPCで構成されたシステムを使っていてメインフレームのシステムよりも処理が格段に速い。
でもたま~にシステム管理者がコッソリと「ctrl+Alt+del」キーを押したりしている、システムの何処でもUSBメモリ突っ込み放題。

いずれかの銀行を選べるとしたらどちらにされますか?

 

銀行や超高信頼性が要求される用途では、根本的に構造が変わらない限りPCだけで対応するのは非常に危険な感じがするのです。
いかがでしょうか?

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管理人について

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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