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新宿・新(西)大久保の厚生省宿舎

新(西)大久保にあった厚生省宿舎

東京都新宿区の以下の場所に【厚生省宿舎】がありました。

場所はこちらです(Google map)

2018年現在の住所表記では、

東京都新宿区大久保3丁目1

となるようですが、以前は「新宿区西大久保」と言っていました。

ここは厚生省(現:厚生労働省)の職員が家族と共に入居する「家族寮」だったのです。
私はここに1971~1974年まで3年強ほどいました。

つまり父は厚生省の役人だったのです。

なお当サイトのあちこちをご覧になった方は、「お前の父ちゃんは東芝じゃないの?」と思われるかもしれません。
「東芝日吉家族アパート」にいた時期があったからです。

関連記事: 横浜・南日吉の思い出の商店 ← この中の番外として東芝アパートの記事あり。

実は父は、ずっと厚生省にいたのですが、ある年齢で[ ○下り ] をして東芝に移ったのです。

私がいたのは小学校5年の途中から中二の途中まででした。
小学校は練馬から転校してきましたが、中学校の残りの1年半は引越し先の横浜の日吉から新大久保まで通っていました。

幼少期から思春期にかかる多感期だったので僅かな年数でも数多くの思い出があります。

 

新大久保界隈にいらっしゃった方は以下の関連記事も見ていただけるとうれしいです。

戸山交通公園 (東京都新宿区)

新大久保の模型店【ぶんけん】

新宿区立戸山中学校とその後

新宿区立戸山中学校のロードレース

旧新宿体育館

国鉄アパート (東京・高田馬場)

新宿区立戸山小学校 今昔

新宿・戸山小学校御用達の文具店「日昭堂」

新大久保にあるラーメン屋「めとき」

厚生省宿舎での暮らし

間取りは3DKでエレベーター無しの4階建て鉄筋コンクリート棟が2棟建っていました。

外部への出入りは東側1箇所だけで出ると目の前はいきなり明治通りでした。

↓1975年1月19日に高度1200mから写した写真です。
(クリックで拡大します)

画像引用元: 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1

 

↓各戸の間取りを記憶を頼りに書いて見ました。
  (クリックで拡大します。多少の間違いはご容赦下さい。)

 

当時でも比較的清潔で明るい室内は気に入っていました。

そういう面では快適だったのですが、でも室内以外は快適な面はあまりありませんでした。



日常生活に不満が多い厚生省宿舎

主に以下のような不満がありました。


・日常の騒音がひどい
  家の目の前が交通量が昼夜問わず多い明治通りで、奥の方の部屋に入らないと騒音が激しい。
また上層階に住んでもコンクリートで明治通りの車の音が反響するので以外にうるさかった。

・騒音は明治通りの車だけではない。
北側の塀を乗り越えるといきなり新宿体育館(現、新宿コズミックセンター)なのでイベントなどの時は来場者の騒音がうるさい。
(反面イベント中は騒音が外に漏れてうるさいと言うことはあまり無かったと思う。)

・やや治安悪い。
私がいた3年強の間でも敷地内のポンプ室の草木の陰に手製爆弾らしき物が発見されて警察が来て大騒ぎになった。
それ以外も明治通りを歩いて来た酔っ払いが敷地内に入って嘔吐したり、大声で叫ぶこともあった。
また新宿体育館でのイベントが終わるとゴミを敷地内に投げ込む輩も多かった。

・買い物が非常に不便。
地方の方からすると「東京のど真ん中なんだから便利なのでは?」とお思いであろうが、実は今でも東京の中心地、目安として山手線の内側に住むと普段の買い物に難儀する。

当時はコンビニなんて無かったし、小さな飲食店は幾つかあったけれど周辺の景色は今とまったく変わっておらず、ビルだらけのオフィス街であった。

だから一番近いスーパーへも500m、徒歩約8分くらい掛かった。
こんなの近いじゃないか!と怒られそうだが、交通量の多い明治通り沿いに歩いて、さらに大きな交差点を渡るのだから主婦にとっては大変だった(と思う)

本当に日常品はこのスーパーまで行かないと小売店が殆ど無かったのだから不便でしょうがなかったと思う。

ちなみにそのスーパーとは現存する「三徳」で、地図を見ると今もコンビニ以外では三徳まで行かないとスーパーはないもよう。

スーパーマーケット 三徳の場所(Google map)

・光化学スモッグがひどい時代だった。
今の若い人は「光化学スモッグ」なんて聞いたことも無いかもしれないが、当時は全国の大都市で深刻だった。
排気ガスや工場の排出ガスなどが太陽光に当たって・・・云々かんぬんすると「光化学スモッグ」が発生し、テレビやラジオで注意報をよくやっていた。

光化学スモッグを吸っても多分よほど長期間高濃度を吸わなければ大丈夫なのかもしれないが、とにかく外を歩いていると目が痛くて大変だった。
学校の帰り道、目が染みて痛くてまるで泣きながら歩いているみたいだった。
なんというか目に毒薬を点眼した感じでひどい時は帰宅して鏡を見ると目が真っ赤だったりした。

その後時が流れ国が他の公害も含めて全力で対策をしたからだろう。光化学スモッグは今も皆無では無いかもしれないが、街を歩いていて目が痛いと言うことは一切なくなった。

 ・交通がやや不便
これも東京のど真ん中なのに、と思われる一つだが最寄り駅である新大久保または高田馬場までいずれも徒歩で約15分くらい掛かった。
15分くらいならば贅沢だ!と言われそうだが交通量の多い道沿いを歩くのは遠く感じた。

また家のほぼ目の前に都営バスのバス停「新宿体育館前」があり、池袋駅前から新宿の「新宿追分 伊勢丹前」(新宿3丁目かも?)を通り、渋谷駅まで行く路線が通っていた。

渋谷に行く時にたまに使っていたが、新宿追分前後と渋谷駅の少し手前から酷い渋滞になることも多く、家の前から渋谷駅前までたった5.5kmに1時間を要することもあった。

なおこのバスは新宿駅には行かないので、新宿追分で降りてそこからルミネの前(新宿駅東口)まで約500mを物凄い人混みの中を歩く必要があった。
地下街のサブナードを歩く方法もあったけど、いろいろと面倒くさいルートだった。

今は直ぐ近くに東京メトロ副都心線の西早稲田駅があって羨ましいほど利便性は良くなったみたいだが。
(でも副都心線もJR新宿駅は経由しない。)


以上のように東京のど真ん中に住むと言うのは今昔問わず実は不便なことが多いのです。

またもし個人で住むとなると賃貸/分譲問わず馬鹿げたお金を払わないとなりませんね。

厚生省宿舎のその後と写真

私がここに越して来たのは1971年7月ごろですが、当時も比較的清潔とは言えそんなに新しい感じはありませんでした。

過去の地図などから察すると1960年代後半に作られたと推察されます。
以下は1965年(昭和40年)8月7日に高度6000mから撮影した写真のトリミングです。

(クリックで拡大します)

画像引用元: 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス
http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1

 

上記から分かるように1965年8月の段階では北側の1棟しか建っていないようです。

つまり建設中だったので2棟共に完成するのは早くてもその翌年、1966年頃となると思います。
私が入居時点で約5~6年経っていたという事ですね。

普通築5~6年と言ったらかなり新しい感じがしますが、そんなに感じなかったのは「公務員の家族宿舎であるのでお金をかけていない。」、「時代背景からそんなものだった。」とかの理由ではと思います。
 




さて私自身が写した写真をご覧に入れましょう。
以下は2012年3月29日に撮影したものですが、既に人は住んでおらず1階は侵入出来ないように窓や階段入り口に木の蓋がされています。

久々に訪れたのですが、私が住んでいた時は外側にこんなに配管がたくさんありませんでした。

(以下3枚ともクリックで拡大します。)

その後はここを訪れてはいませんが調べてみると、

解体→コインパーキング→マンション建設中(2017年10月現在)

となっているようです。

以下にストリートビューから切り出した画像を年代別に載せますので変革が分かると思います。

(全てクリックで拡大します。)

↓2009年12月

↓2013年6月

↓2014年2月

↓2016年2月

↓2017年10月(1)

↓2017年10月(2)

住んでいた者としては悲しいくらいの変化ですね・・・。

以下はマンション工事前に更地になった時に撮影されたGoogle mapの航空写真です。

(全てクリックで拡大します。)

 

今回も「管理人の個人情報丸出し大サービス」&「偏見は無いけれど独断に満ちた話題」という本サイト特有の記事となりました。

無関係の方はごめんなさい。

でもこのようなレアな記事に「なつかしかった、うれしかった、あの日に戻れた」とコメントをくださる方も大勢いらっしゃるのです。

ですので特定の一部の人にしか受けない内輪ネタでもご容赦くださいね。

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管理人について

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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