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プラッシー(懐かしい飲み物)

子どもの時に飲んだ飲み物

誰でも幼少期に飲んだ飲み物に特別な思い出があるのでは?と思います。
幼少期に口にしたものは特に【飲み物系】の方が思い出として鮮明ではないでしょうか?

近所の公園で遊ぶ時、友人宅や親戚の家に行った時、旅行先の駅で買ってもらった喉を潤すあの1本は一生忘れられないオアシスでもあると思います。

特に子どもにとって一大イベントである長期間の夏休みは、旅行に行っても家にいるだけでも乾いた喉が欲する命の水でもあります。

そんな飲み物の思い出を書いてみたいと思います。

関連記事: 

噴水のように噴出すジュース自販機

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1970年代には「指で押して穴開ける缶ジュース」があった!

 

プラッシーは私の最大の思い出の飲み物

プラッシーという飲み物をご存知でしょうか?
一言で言えばビンに入ったオレンジジュースです。

以下の左端がプラッシーです。

画像引用元: Wikipedia

ちなみに真ん中が「マリンカ」、右側が「フレッシュサイダー」で、いずれも武田薬品工業が販売(製造は武田食品工業)です。

人によっては(地域?)マリンカやフレッシュサイダーの方が馴染みがあるという方もいらっしゃることでしょう。

私が幼少の頃の一番思い出深い飲み物と言えばプラッシー、そして僅差でカルピスでした。

しかし飲み始めることに大きなイベントや思い出があったと言うほどではないのです。
私が初めて飲んだのは生家があった東京都杉並区の井荻で、6歳頃に練馬区の上石神井に引っ越しましたが「継続で」飲み続けたのです。

最初に飲んだのは恐らくですが、「周りのみんなが飲んでいた。」、「世の流行ものだった。」ということだと思います。

井荻にいたのは幼稚園までですが、当時回りの友人宅は皆プラッシーを飲んでいたのです。

米屋で売っていたプラッシー

なぜかプラッシーは米屋で売っていました。
一般のスーパーや小売店でも売っていたはずですが、当時プラッシー=米屋みたいな図式があったのです。

また当時は(1960年代)は都内と言えども現在のような大型スーパーは少なく、個人経営のお店が大きくなったようなスーパーばかりでした。

街の主力の商店はまだまだ個人商店だったのです。

そして「米屋で売っていた」という件ですが、私も友人なども「プラッシーを飲みたくて米屋に行く」ということは殆どありませんでした。

どういうことかと申しますと当時米を買う時は今のように車が普及していませんでしたし、スーパーの宅配サービスなどもありませんので個人商店でものを買うときは「御用聞き」で届けてもらっていたのです。

御用聞き: お店の人が各家庭に「何かご注文はありませんか?」と注文を聞きに来るので、その時に物を頼むと当日もしくは翌日家に届けてくれる。届ける際の手数料は取っていなかったのでは?と思う。(子どもだったのでよくわからなかった)

ましてや米はとても重いものですので、ついでにプラッシーもと言うことが普通でした。

またプラッシーは牛乳やヤクルトなどのように「定期購入」の家が非常に多かったと思います。

我が家も定期購入でした。
うろ覚えですが黄色い箱(当時は木、後にプラスティック)に12本くらい入ったものが届けられたのです。

プラッシーが届くのが楽しみで仕方ありませんでした。



プラッシーの味は?

プラッシーはオレンジ味ですが、当時当たり前だった粉っぽいジュースとは異なり、柑橘感がある本物っぽい味でした。
また炭酸ではありません。

今思い出すと粉っぽくは無いけれど薄かった、と感じました。

でも当時としてはより自然な果汁に近い味で、これが受けたんだと思います。
家まで届けてくれますしね。

あとこれは完全に私的の思いなので、「そんなことないよ!」という異論が多いと思うのですが、「プラッシーは冷えていなくても美味しかった」という記憶が非常に強いのです。

実際にミカン果汁は入っていたようですが、よく見るとミカンの果肉のようなものがたくさん入っていましたね。
幼少の私は当然果肉だと思っていましたが実は違うと言うことをつい最近知りました。

以下、Wikipediaからの抜粋ですが、知ってがっかりでした・・・。

当時のプラッシーには、ジュースに似せた食感を演出するためにみかんの絞りかす(みかんパルプ)が混入されており、開栓前によく振って飲む必要があった。

・・・・・・

米穀店で販売されていたため、「米のとぎ汁が使われている」という都市伝説があった。また、同じパルプという語感から、添加されているみかんパルプが紙パルプであると誤解されることもあった。

プラッシーにどんな秘密があったにせよ、プラッシーはとても美味しく同時に子どもにとってはぜいたく品だったと思います。
(多分当時の感覚でも単価は安かったとは思いますが)

プラッシーの競争相手は

やはり何と言ってもカルピスだと思います。

昔は味も一つだけで、原液を希釈して飲むという一つのパターンしかありませんでしたが、子供向けの飲み物の王道であり、最高レベルであり、これを超えるものは無かったのだと思います。

カルピスの凄いことは発売初年が1919年(大正8年)ということなので2018年基準で99年も前からあるということです。

それでいて基本形の味などは全く変わらず、更にフルーツ味などのバリエーション、ペットボトルでのカルピスウォーター、カルピスソーダ、飲み屋ではカルピスの酎ハイなど大人の味としても愛され続けていることです。

しかも海外にも輸出されていますし、ヨーグルトや乳製品がダメな人以外でカルピスが嫌いな人はいないのではと思うほど愛されていますね。
世界に誇れる日本の代表的な飲料だと思います。

私個人の思い出では幼少期の飲み物として1位がプラッシーですが、カルピスとは極めて小さな僅差であり、多くの人はカルピスをあげる人が多いことでしょう。



カルピス以外の人気の飲み物

カルピス以外となると個人の好みのほか、幼少期に住んでいた地域や世代によってかなり変わってくるかもしれません。

しかし以下の3つはかなり広範囲の世代や地域に渡っても愛されて共感される方が多い飲み物ではないか?と思います。

 

ヤクルト

これも子ども~大人まで身近な飲み物の王道ですね。
正統派の基本形から様々なフルーツ味も取り入れたジョアなどのバリエーションもあり、お店や自販機での販売の他、「ヤクルトおばさん」が自転車で届けてくれるという風物詩にもなったやはり日本を代表する飲み物ですね。

しかも今以てしても全く廃れを感じず、それどころか更に愛する人が増えているのではと思うほど人気だと思います。

(個人的感想ですが、最近は「ヤクルトおばさん」ではなくて「ヤクルトお姉さん」または「ヤクルト若奥様」が増えて来ている感じがします。)

チェリオ

1963~1965年ごろから発売された瓶の炭酸飲料です。
私が知るチェリオは以下のもので、はっきり覚えていないのですが他の瓶飲料と比べて安かった思いがあります。

小学校の放課後や休みの日に友人と遊びに行くと公園の売店では何処でも売っていたと思います。

↓関東で売っていた左から「グレープ」、「オレンジ」、「メロン」

画像引用元: Wikipedia

製造会社の方には申し訳ないのですが、子ども心に「嘘くさい味」といつも思っていました。

やはりプラッシーと比較してしまっていたのかもしれないのですが、プラッシーは果汁が入った「本物系」、チェリオは粉ジュースのような感覚はないのだけれど、【かき氷のシロップを炭酸で薄めた】みたいな感じでした。

そしてどの味を飲んでも【舌に激しく色が付く】んですね。

調べてみるとチェリオは味などにかなり地域性があったようですが、私は幼少期は都内だったので上記写真の3種類しか知らず、またいつも行く学校近くのパン屋(駄菓子にかなりニアリーイコールの店)ではメロン味は売っていませんでした。

でもチェリオってパンやおやつ系のものならばどんな食べ物にもあった、という気がしました。
これは子ども心の適当な味覚なんですけどね。

今でも売っているのは嬉しいことです。

ミルメーク

給食の時に牛乳に入れてコーヒー味やイチゴ味などにする粉末のものです。

参考記事: ミルメークとソフト麺(学校給食)

幅広い世代、多くの方に思い出があると思います。

しかも今も生産と供給が続けられていて、個人でも買うことが出来るというのは凄いことです。

まさに日本国民の飲み物!と言ったら大げさかもしれませんが、ミルメークという名前を忘れていても「給食の牛乳に粉を入れてコーヒーやイチゴ味にしたもの」という記憶で覚えている人は絶対に多いはずで、思い出すと胸が熱くなる方は多いと思います。

その後のプラッシー

現在私の居住地で、かつ私が知っている範囲ではプラッシーを見たことがありません。

いつの間にか消え去った記憶の中でプラッシーも消え去ったと思ったのですが、調べてみると2018年現在も売られている事に驚きます。

今は流石に米屋で売ってはいないようですが、ネットで買える事に時代の流れを感じると共に、需要があるということに驚きと同時に嬉しさを感じます。

しかもネット検索をするとプラッシーに関する記事が非常に多いのです。
正直プラッシーなんて「ごく一部の知る人ぞ知る飲み物」くらいしか私は思っていなかったのです。

近々ネットでプラッシーを買って「あの日のあの味」を楽しんでみようかと思います。


 

今回のプラッシーに限らず幼少期はやはり飲み物、そして食べ物(給食含め)が懐かしい思い出としての順位が上位になるのではないでしょうか?

さらに自分が心中にしまっていた飲み物や食べ物が実は回りの多くの人がずっと思い続けていた、自分が知らないだけで今でも継続して売られているなどを知った時の喜びは大きな声で表現はしないけれど心中で、「え~!」とか「よっしゃー!」とか思う人が多いのではないですか?

人それぞれの思い出の飲み物、食べ物があったら何気にその語句で検索してみると思わぬ発見、数十年ぶりに一瞬で「あの日」に戻ることが出来るかもしれません。

ネットと言うのは最新の情報を得るだけではなく、タイムマシンで昔に戻れるという使い方もあるのですよ。

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6 Responses to “プラッシー(懐かしい飲み物)”

  1. 会長どうぞ!!! ピップエレキバン!!! より:

    私が子供の時、母から近所の酒屋にミリンを買いに行くように言われたのですが、当時「ミリンダ」と言う炭酸飲料があってこれを買ってしまった事があります。

    • kaikoshumi より:

      会長どうぞ!!! ピップエレキバン!!!さま
      こんにちは。コメントありがとうございます。

      「ミリン」と「ミリンダ」はまるで違いますね。
      同じ瓶ものではありますが。

      こういうしょうもうない思い出ほど忘れられませんね。

      またお越し下さいませ。

  2. 戸山中14期 より:

    先輩!北海道でしたら「ソフトカツゲン」があるじゃないっすか、老後の夢はカニ族になってバイクで北海道1周で「ソフトカツゲン」を飲むことっす。

    • kaikoshumi より:

      戸山中14期さま
      コメントありがとうございます。
      お久しぶりです。

      「ソフトカツゲン」・・・、よくご存知で。
      私は個人的にはあまり好きな味ではないです・・・。
      やはり味覚や習慣が関東のままですので・・・。

      未だに、
      ・GW頃に桜と梅とタンポポとコスモスが同時に咲く。

      ・5月下旬から秋までヒグラシが鳴いている。

      ・8月にアジサイが咲いて10月下旬まで咲いている。

      ・その辺のアスファルトの道端にハマナスが咲いている。

      などが理解できません!

      カニ族でのバイク一周、がんばってくださいね!

  3. 左馬之助 より:

    お疲れ様です。プラッシー懐かしいですね!まだ売ってるんですかー。私近所のお米屋さんで年末お供え餅の配達(小学生が出来る範囲です)のお手伝い毎年してたので、冬の飲み物のイメージあります(笑)ープラッシーと並んでほこりかかってましたが強化米(新玄?)、いの一番のディスプレイが置いてあったので、武田薬品が強化米といの一番の添付商売でプラッシー置いたのかなー?と今は思います。薬屋さん10+10とか好きだから(笑)

    • kaikoshumi より:

      左馬之助 さま
      コメントありがとうございます。
      プラッシーは何気なくというかいきなり頭に浮かんで来たので本記事を書いたのですが、その際調べたら今でも売っているのには驚きました。

      しかもネットで入手できます。
      コアなマニアも多いようです。

      強化米とかいの一番とか懐かしいですね。
      またお越しくださいませ。

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管理人について

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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