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年賀状の思い出

年賀状は一大イベント?

 

11月下旬頃からテレビでは来年の年賀状の枚数の予想、今年は何日まで出せばよいか?などの話題が出て来ます。

これを聞くと「ああ、もう年末か」と私はいつも思うんですね。

我が家は子供も含めて「紙」の年賀状を家で印刷、もしくは手書きをしています。

確かに面倒ではありますが、私はデザインを考えるのがわりと好きですし、家族もそんなにイヤではないようです。

なによりも元旦にポストに走り、年賀状を確認するのが毎年の楽しみになっています。

今は若い方を中心にLINEやその他SNS、メールで「あけおめ」の一言で済ます人も多いようで、それが年賀状販売数の激減の原因となっているようです。

でもそういう若い方も紙の年賀状をもらうと嬉しい」と言う人が多くて、やはり「紙の重み」というものは昔から変わっていないようです。

(電子書籍が売れず、若年層でも紙の本を好む、というのと同じですね。)

 

紙の年賀状を書く人は11月下旬~12月にかけてデザインを考えたり(手書きも含め)、印刷屋さんに発注したりして準備し、LINEなどSNSで済ます人は大晦日の年が変わる直前や変わった直後にスマホで送信ボタンを押すのが例年のイベントなのでしょう。

(でも年が変わる時に送信ボタン一斉に押すからメッセージがとんでもなく遅れて届いたり、通信業者が通信規制をするんですけどね。
毎年のことなのでSNSだけで新年のあいさつをする人もいい加減に学習すれば、といつもこの報道をテレビで見て思っています。)

子供の頃の年賀状

幼少、特に小学校時代の年賀状を思い出してみました。

私にとってはかなり昔なので、今のようにパソコンや家庭用プリンターなどありませんでしたから、「全て手書き」、「町の印刷屋さんに発注」のいずれかとなります。(プリントゴッコ発売の大分前)

親は父を中心に枚数が相当多かったようなので印刷屋さんに出していたようですが、私はヘタクソな絵と字で10数枚程度の年賀状作成に奮闘していました。

「ああ、絵が下手でネタのセンスも無いのに今年はどうしよう・・・?」といつも悩んだのですが、でも不思議と年賀状作成がイヤじゃなかったんです。

義務感を感じていたわけではないのですが、やはり元旦に届く自分宛の年賀状を受け取るのが嬉しくて、出してくれた人にこちらから出さないのは失礼、相手もきっと元旦のポストの前で待ち構えているのでは?と思うと頑張ろうという気持ちになったのです。

どんな絵を描いたかあまり覚えていないのですが、多分低学年の頃は「あけましておめでとう」の文字の下に朝陽(っぽいもの)と富士山とか書いていたと思います。

高学年になると門松や餅つきの絵を描いた記憶があります。
いずれも悲惨なくらいヘタクソだったんですけどね。

まあ友人から来る年賀状も似たようなものでした。





本当は写真で出したかった年賀状

5~6年生の頃、単に門松などの絵を書くのもマンネリだなと感じ始め、かといって自分の能力では立派な(?)絵なんて書けないので雑誌などに出ている写真を切り取って貼ろうかな?と真剣に考えました。

当時だって写真入年賀状は印刷屋さんにお願いすれば出来たのですが、少量の自分の分を発注するのも難しいだろうし、印刷代がかかるので親に迷惑もかかるかな?と自分で作ろうと写真探しを始めました。

しかし年賀状に使えそうな写真が都合よく家にある雑誌に載っているわけでもないし、当時家にある雑誌と言ったら自分が購読していた小学館の「小学5年生」とか、「科学と学習」、あとは母が読む女性誌くらいでした。

だからネタ自体が家に無いんです。
これに気がつかず「雑誌の写真を使えばよい」なんて浅はかに考えていたのはやはり「お子ちゃま」でした。

 

それと断念したしばらく後に知ったのですが、(これはかなりのうろ覚えなので間違っていたら御容赦下さい。)ハガキや封書などの郵便物に切手や封をするためのテープ以外は一切紙などを貼ってはいけなかったようなのです。

貼っても良いサイズや場所などはあったかもしれませんが、とにかく切手以外は貼ってはいけないんです。

(今はぴったり密着して特に重量増にならなければ問題無いようですが)

正確な真意は今となってはわかりませんが、周囲も皆そんなこと言っていたんです。

だから、「あの時綺麗な写真を見つけて得意になって貼って年賀状出したら郵便局から返送されて恥をかいていた。」と思い、「良い写真が見つからなくて良かった」と胸をなでおろしたのでした。

 

それから時が流れ、今や家庭でパソコンとプリンターで自由自在に何でも印刷出来るなんてまさに夢のような時代になりましたね。

当時はパソコンどころか「家で印刷する」なんて有り得ない時代でしたから。

年賀状で不快な思いもした

実は年賀状で不快な思いをした事もあります。

年賀状で・・・なんて普通は考えられないし、殆どの人は思いつかないと思います。

会社の先輩で大嫌いな人がいました。

その人は最初は後輩の面倒見がいいのですが、途中から(ある程度付き合うと)豹変するタイプである日たまらなくイヤになったのです。
友人は「やっと気づいた?」みたいなことを言っていました。

職場は違ったので社内では無視して、廊下ですれ違っても一切あいさつなどをしなかったのですが、困ったことにその後もこの人から毎年年賀状が来るんです。

しかもこの人の年賀状はちょっと社内では有名で、毎年家族で正装をして写真スタジオで撮っているんですね。

ポリシーがあって良い、と言う人もいるかもしれませんが、でも大嫌いな人からそんな写真の年賀状が毎年来るなんて嫌がらせかよ!と思いました。

 

そしてある年に私は我慢の限界を超えたのです。

どうしたかと言うと、その人からの年賀状に赤のマジックで受取り拒否と書いて近隣のポストに投げ込んだのです!
元旦の出来事です。

不快、受取りたくない相手からの郵便物は受取り拒否が簡単に出来る」と何かの記事で読んだのを思い出してのことです。

そして私は、

「ワハハハ! ざまあ見ろ! 今年は良い年になりそうだ!」

と高笑いをしながら初詣に向かったのです。

でもその数日後に郵便局から電話がかかってきて、

「受取り拒否のはがきですが、これだけでは受け取り拒否にならないんです。郵便局に書類を出してもらわないと・・・。」

という衝撃的な電話が!

 

私は間髪要れず、

「では今回はそちらで廃棄してください」

と言ったら、それは出来ないと言うのです。書類を伴って正式処理をしないと「お客様の郵便物を勝手に捨てた」と言うことになるそうです。

 

こんなことで正式書類書いて郵便局に提出なんてますます不快になるので、「では再送してください」と言いました。

再送料金は取られなかったのですが、翌日赤のマジックで「受取り拒否」と書かれた(私が書いた)家族揃っての写真がまた我が家にやって来たのです。

即行で破り捨てましたが、数日間で2度も不快な思いをしてしまいました。

 

その先輩からの年賀状は確か翌年も来たと思いますが、先輩は会社の大リストラで真っ先に面接に呼ばれてさっさとクビになってしまいました。

おかげで社内はとても快適になりました。

 

幸い年賀状で不快な思いはただこの一つで、多分この後も年賀状に纏わることはないと思いますし、あって欲しくないです。

 

皆さんはどんな年賀状を書くのでしょうか?
それともSNSだけなのかな?

ともあれ良いお年をお迎えくださいね。

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2 Responses to “年賀状の思い出”

  1. anna より:

    「受取拒否」のはがき、
    郵便局のお役所仕事のせいで、お役所のせいで、せいで!! 不快な思いが逆なでされることになったのですね。
    でも郵便局が電話番号を知っているというか、調べてまで電話をかけてくるのも、ちょっと、びっくりします。

    • kaikoshumi より:

      anna様
      コメントありがとうございます。
      今もたぶん受け取り拒否の手続きは変わっていないのではと思います。

      それにしても本当に不愉快でした。
      また郵便局の言い分も理解は出来ますが、でもこれも2重に不快な思いをさせられました。

      年賀状ではありませんが、最近不快な事として家の電話、スマホともに着信拒否の番号からかかって来ると着信拒否はしてくれるのですが、画面にその着信があったことがしっかり表示されます。

      嫌だから拒否したのだし、何もわざわざ着信の事実を表示しなくても良いのに、とちょっと不快と共に腹が立っています。

      またお越しくださいね。
      ご訪問ありがとうございました。

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管理人について

管理人

こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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