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学ランの思い出

学ランこそまさに男の象徴!?

 

男子の学生服と聞いてどんなデザインを思い浮かべるでしょうか?

少し前までさかのぼっても、近年はネクタイのついたブレザー、チェックのおしゃれで行き先を選ばない若者らしい服、などではないでしょうか?

でも・・・。

私のようなおじさんは男子の学生服といえば=学ラン以外は頭に思い浮かばないのです。

もちろん私は戦後の高度経済成長時代生まれなので、戦前戦中のように「男子たるものは・・・」みたいな感じ・感覚は皆無なのですが、中学入学前から街角やテレビ、雑誌で見る男子校生は皆学ランだったので、当然学生服=学ランという図式が出来上がって頭と体に染み付いていたわけです。

今でも全国では少数派ながら学ランは存在します。

私の青春時代と今の時代の学ランの存在について思い出せる範囲で書いてみます。

学ランはどんな存在?

私が学ランを着たのは中学~高校の6年間だけです。
(中高一貫教育校ではありません)

でも大昔の写真や映画を見ると戦前などは小学生でも学ランを着ていた時代があったのですね。
私の中高時代も私立の小学校に行っている男の子は上が学ラン、下が半ズボンとかの学校もありました。

しかしやはり学ランといえば圧倒的多数が中高生だったのです。

 

↓今の若人よ!よく見るがよい!これが学ランだ!

小学校高学年にもなれば、「もうすぐ中学に入学すれば憧れの学ランが着れる!」みたいな憧れがありました。

私の出身中学(東京都新宿区立戸山中学校。既廃校)は普通の公立中学ですが男子は学ラン、女子はセーラー服という大昔からの典型的な制服の学校でした。

中学入学前の春休みに中学校で制服のサイズ合わせがあるのですが、試着なのにうれしくてうれしくて仕方ありませんでした。

現在に至るまで服の試着でうれしくてたまらない、なんて思ったことは高校の制服、社会人のスーツ、結婚式の衣装合わせでも思ったことは一度もありませんが、とにかく中学入学直前に「憧れの学ランが着れる!」と思っただけで天にも舞い上がる気持ちでした。

友人も学ランが着れてうれしいという人がすごく多かったと思います。
まさに男!と勝手に思っていました。



中学の学ランはどうもしっくり来ない・・・

さて中学校入学式に下ろし立ての学ランを着て挑んだまでは良いのですが、いざ日常的に通学服として着るとなぜかしっくりきません。

「なぜだろう?毎日着るから慣れてしまったのか?」とも思ったのですが、友人の姿や自分の制服姿を鏡で見て2つの大きな事に気が付いたのです。

 

1、中学1年生というのは、ほんの少し前までは小学生であり、つまりガキンチョが学ランを着ても所詮は「背伸びしたガキンチョ」に過ぎない。

2.学ランにスニーカーなどの運動靴系は似合わない。
スニーカーを履くとますます子供感が強調される(気がする)。やはり黒の革靴がベスト。

 

この2点以外の理由が思い付きません。
今振り返っても同じように思います。特に学ランは革靴でないと駄目だな、とつくづく思いました。

 

学ランはカッチョいい~! でもスニーカー履くとお子様感が強調されます・・・。
(この写真は私ではありません。フリー素材のモデルさんです)

高校での学ランは?

高校では念願の(?)革靴でした。

それに高校生にもなれば顔立ちも少しは大人っぽくなって来ますので自分で姿見を見ても、「フムフム。なかなか決まっているな」とかちょっとだけ自惚れながら「マディソンバッグ」と共に誇らしげに高校に通いました。

関連記事(以下リンク付です)

マディソンバッグ

男子校の実態

 

ただ思い起こすと、男子校だったのでどこを見ても学ランだらけ、登下校時はもちろん朝礼などでは「学ランの黒一色」の風景はある意味異様でしたね。

当時はそんな風に思っていなくて、「男だけはいやだよ~」くらいの感情でしたが。



学ランは首が痛くなる!

学ランを着たことのある人は分かりますが、学ランを着続けると首が痛くなります。

なぜ?というと学ランの首の部分は型崩れをしないように「カラー」という白いプラスティックの板状のものが入っているのです。
これは皮膚に直接当たるのですが、それだけでは痛くも痒くもありません。

では・・・、というとこのカラーは薄い素材だけど硬質プラスティックなので簡単に割れたりひびが入るのです。
そしてそのひびが入った部分が首に当たると結構痛かったりします。

カラーが原因で首に怪我をしたという事は経験ないし、聞いたこともないのですが、制服を大切に扱っていてもカラーは簡単に割れるのです。

だから制服からの着脱が簡単に出来るようになっており(制服側にいくつかの突起があって、それをカラーの穴に差し込んで止める)、学校の購買部でも交換用のカラーはいつも売っていました。

今の学ランのカラーは写真のように直接首に(皮膚に)あたらないようになっているのですね。
さすが時代と共に配慮が違いますね。

でも今となってはカラーのチクチク感も懐かしい思い出です。

しかし中学校の学ランでカラーを頻繁に交換したとかの記憶がないのです。
それに校内には交換用カラーを売っている購買部などありませんでしたから。

高校の制服と構造は同じだと思うので、必要になったら学校指定店に出向いて買うとかだったのかもしれません。

当時と現在の学ランの存在感

私が中高時代(1973~1979年)は世の学校の男子は9割超が学ランだったと思います。

中高共に東京都内ですが、通学電車の中でブレザーの男子校生なんてほとんど見かけませんでした。
もちろん一部はいましたが、本当にごく一部でした。

女子の制服も学ランと異なりデザインは様々あれどセーラー服というのが定番で、やはりブレザーは圧倒的少数だったと思います。

近年・現在は学ランやセーラー服の学校を探すほうが難しくなってしまいましたね。

もちろんあるにはありますが、きわめて少数派です。

理由は分かりませんが多様性の要求、少子化なのかな?と思います。

 

学ラン、セーラー服にしてもデザインの大幅変更というのはあまり出来ないですね。
セーラー服のほうが学ランよりデザインの自由度は高いと思いますが(リボンの形状や色、セーラーの部分や袖の線の色など)、それでも見た目の基本形は変わらないですね。

時代と共に多種多様なものを求める風潮(人間社会として正常進化だと思う)、そして少子化の流れで「子供=入学者の奪い合い」があるからだと思います。

私学だと制服が何種類も(特に女子用)用意されていて、毎日チェンジしても良いし、1種類購入だけでもOK、有名デザイナーに作らせたなど特色のある制服が世にあふれています。

これらは時代の流れだけでなくて、個性的でもありますので良いことだと私も素直に思います。

ただあえて言うと、親の立場からは何種類も制服買えるか!ということは言いたいかな?と。

だって学生服って社会人のスーツと異なり競争原理が働かないのでYシャツ、ポロシャツひとつとってもすごく高いんですね。
靴下だってさりげなく校名が入っただけでビックリなお値段ですし。

せこい話になってしまいましたが、私にとっての制服、そして男としての憧れの服はやはり今でも学ラン+革靴なのです。

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5 Responses to “学ランの思い出”

  1. キュア梅盛 より:

    自分の母校(敷地内で男女別学。女の子の制服はメチャ可愛かった)も学ランでした。
    但し、うる星やつらの面堂終太郎が着ていたものの色違い(黒)で金ボタンは無いタイプです。
    同級生でやたらとボンタンズボンを穿いてるのが多かったのが印象に残っています(でも、体育教官にバレて教官室連行の上シバかれた挙句坊主頭にされていましたが)。

    • kaikoshumi より:

      キュア梅盛 さま
      こんにちは。コメントありがとうございます。

      金ボタンのない学ランはちょっと珍しいかも?

      ボンタンズボンは高校で流行りました。
      あとハイウェストとかも。

      髪の毛はリーゼントや剃りこみなどもとても流行っていて、今高校の卒アルを見ると、「え~!俺の高校ってこんなにガラが悪かったの!」と驚きます。

      私はぜんぜん普通のまじめだったんですが(本当です)、当時は学校にちゃんと来ていて、暴れたりしなければボンタンだろうがリーゼントだろうが先生は文句言いませんでした。

      さて男女別学って結構ありましたね。
      そういう学校の文化祭行ったことがありますが、あれは地獄だと思います。

      だって同じ敷地内で思春期なのに別の校舎・教室なんて「餌を目の前に吊るされても手がまったく届かないライオン」状態ではないでしょうか?

      男女別学を考えると私の高校は「男子校」かつ「最寄り駅がうちの高校だけ」は幸せだったのかもしれません・・・。

  2. 左馬之助 より:

    こんばんはー。学ラン懐かしいですねー。私(お坊ちゃまと言われるのは今でも抵抗ありますが苦笑)中学から中高一貫の私学行っていたので、購買部でカラー売ってましたwまあカラー割れるとうなじの毛が挟まったりしてかなり不愉快でしたね。なもんでカラー無で学ラン着てたりしてましたけどー先生もあんまりうるさい事言いませんでしたが、外部の人が来たり、卒業式等では「購買部でツケでもいいから買ってこーい!」って言われましたね(笑)
    まあ後はちょっとツッぱってる(お坊ちゃま学校のツッパリなんて今思えばかわいいもんですが)やつは青田赤道みたいな襟が15cm?位ある学ラン着てましたね(笑)ー時代ですねー

  3. 左馬之助 より:

    あーそれと我が校の夏服の学ランは灰色で競走馬で云えば芦毛、悪く言えばねずみ男みたいで嫌でしたねーしかも夏服ver.は制帽にに白い布を被せるので、タクシーやバスの運転手さん(悪い意味じゃありませんよ)みたいで子供心にはしっくりきませんでした

    • kaikoshumi より:

      左馬之助さま
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      読んでいて、

      「そうだよな、そうだそうだ、ふむふむ・・」

      なんて思ってしまいました。
      当時の直接首に当たるカラーは本当に不快でした。
      特に汗ばむ季節、遅刻しないように必死に走った後などは汗でべたつくんですよね。

      確かにカラーを外しているやつもいました。
      でもカラーを外すとフニャフニャになって、見ているとちょっと格好悪いですし、当の本人も「首周りが汗臭くなる」と言っていました。

      学ランは長期休み以外は洗濯しないし、当時はファブリーズとかありませんでしたからね。

      >青田赤道みたいな襟が15cm?位・・・
      こういう人本当にいましたね!
      当時でも見るとさすがにびっくり仰天でした。
      どうやったのだろう?特注か?と。
      私の学校ではこの襟をダメ!と指摘する先生は一人もいませんでした。それもどうかな・・・?と。

      >夏服ver.は制帽に白い布を被せる・・・
      ありましたね!
      高校は「制帽はかぶってもどうでもよい」なので売ってはいましたが、被っている奴を見たことがありません。

      でも中学は男子全員着帽が義務で、白い布つけてました。
      本当にこれがタクシー運転手みたいで嫌だったんですが、他の学校も多かったので我慢できたのでしょう。

      きっと皆中学時代に格好悪い制帽を押し付けられたので高校では被りたくなかったのかな?と思います。

      また数多くやっていた青春ドラマの影響もあるでしょう。

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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