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青春の貧乏旅行

貧乏旅行はとっても楽しい?

 

貧乏旅行というと「お金がない人が無理やり旅に出る。」、「金が無いならば旅行行くな!」とか言われそうですが、実際の貧乏旅行は全く違うのです。

人は特に若い時には「無茶な旅行」、「自分を試したい旅行」などに1度はチャレンジすると思います。

「全て野宿だけ」という強者もいれば、「ちゃんとしたホテルに泊まるが昼間の行動は全て自分の足だけ」とか「どんなに遠くに行くにも各駅停車か路線バスしか使わない」など様々です。

私も青春期~おじさん期(現在)に数え切れないほど多くの旅をして来ましたので、今振返ると時として無茶なこともしました。

旅の最中は「辛い、苦しい」なんて感じませんが、「事前に調べておけばよかったかな・・・」とたまに思ったり、旅先の地元の方に大変に親切にされて感動したりして、帰路に着く車中では妙な満足感・達成感を感じたりするのです。

またユースホステル(YH)など若者が集まり相部屋となる宿に泊まると、驚くほどの無茶ぶり旅をしている人にひんぱんに出会います。

参考サイト

ユースホステルとは?(Wikipedia)

関連記事

ユースホステルに関する記事一覧

北海道の民宿 夢舎

ローカル線の車内

ヒッチハイクの思い出

駅で野宿の思い出

 

本記事では私自身の経験、そして同じ宿に泊まったびっくり仰天旅をしていた人のお話を書きたいと思います。

【お願い】

一般的な貧乏旅行、節約旅行、若さゆえのチャレンジなど様々あると思いますが、以下の項目だけは守られますように強くお願いします。

人に迷惑をかける行為は絶対におやめください。
・私有地(民家や公共施設など)での無許可の野宿(テント含む)、無断進入。

・他人の個人財産/私物/公共施設の損傷、破壊、窃盗行為。

・その他触法、及び社会人のルール・マナーを逸脱する行為。

ヒッチハイクは私も経験者であり、当サイトにはヒッチハイクについての記事もあります。
しかし経験しておいて言うのもなんですが、ヒッチハイクはお薦めしません。少なくても今の時代はやるべき行為ではないと考えています。

理由などは当サイト内の記事、及び本記事にも触れていますので疑問に思う方はその部分を熟読されてからご判断下さい。

貧乏旅行の具体的内容は?

では実際の貧乏旅行とはどういうものだったか? 具体例を挙げながら説明します。

1.安宿に泊まる
これが貧乏旅行の基本でした。もちろん今の時代も変わらないです。
安宿といえばやはりユースホステル(YH)ですが、現在は30年以上前の全盛期に比べて全国的に数が激減し、地方に行けば2食ついて驚くほど安い民宿や旅館もあり、YHとそれほど変わらない料金で泊まれるようになりました。

もっともYHの魅力は安いだけではなくて、様々な人との出会いや触れ合いなどで多くの旅の情報を得られる点にあります。
しかし近年はYHのそういう点が魅力ではなくなってきており、あえてそういう部分を避ける時代になっていると思います。

あくまでも個人の好みの問題ですが、今は食事付きの安宿でも非常に多くの選択肢がある時代ですので、昔に比べると宿を選び易くなっていると言えます。

2.安い乗り物、切符を選ぶ。
現在安い乗り物と言えばやはり都市間高速バスが一番安くて便利です。
しかし都市間バスは安いけれど田舎の路線バスは都市部に比べて値段がかなり割高です。

鉄道だと新幹線や特急に乗らずに各駅停車だけに乗る、ということになります。
もちろん各駅停車だと乗り継ぎも含めて時間がかかりますが、安さには変えられませんね。

長距離だと飛行機もLCCが選択肢に入ってきます。
ただしLCCは国内線では飛んでいる区間がかなり限られてしまいますが、JAL/ANAなどの大手でもかなり事前に購入すれば新幹線よりも大分安く買えることも出来ますので調べてみましょう。

安い切符、ですが様々あるにせよ昔に比べて(30年くらい前)選択肢はぐっと狭まっています。

JRだと昔は周遊券があり、急行自由席(1982年からは特急も)が乗り放題、JRバスも乗車可、など北海道や九州、信州など特定の地域に行くには大変にお得でまさに最強の切符でしたが現在は廃止されてしまいました。

しかし今でも期間限定が多いのですが、様々な安い企画切符があり、特に青春18きっぷは激安旅行の不動の地位、とも言えるほど利便性が高く重宝されています。

青春18きっぷは当日有効の普通列車と快速列車(特別快速や新快速も含む)が全国乗り放題の切符が5枚つづりとなっていて、この5枚セットで11,850円(税込み、2019年9月30日までの価格。10月1日以降は12,050円。ただし今後変更もあり。)と激安です。

日にちをまたぐ列車の場合は午前0時を過ぎて最初に停車する駅まで有効、東京大阪圏では終電車まで有効となっていますので、朝の始発に乗って午前0時まで行けるところまで行けます。1日で東京~九州も可能なはずです。

 

他にも現地までの往復乗車券+現地での乗り放題などの切符もあります。

3.食費の節約
これが若いうちは一番厳しく感じるかもしれません。

私の旅の経験で食費を節約する一番の方法は、

事前に食べ物を仕入れておく

ということです。

つまりコンビ二やスーパー(スーパーの方が断然安いので出来ればこちらを選択)でお弁当やおにぎりなどを買っておきます。

パンはカレーパンや大きなジャム/バターなどのコッペパンが安くて腹持ちします。
サンドイッチは高いのでなるべく避けましょう。

駅弁は旅の楽しみの一つですが、どこの駅のものでも値段はかなり高いと思います。
駅弁は我慢しましょう。

またおにぎりを買うのであれば絶対スーパーが安いです。

事前に買っておけば、現地での名産などの誘惑に勝てますし、田舎の飲料の自販機以外何も店が無いという場所でも心強いです。

飲料は家から水筒を持っていくことをお薦めします。
家で氷と水(又はお茶)を入れていくのです。飲み終わっても駅や宿で水を補給できます。

まあどうしても食べたい名産などがあれば事前に調べた上で、「この日のお昼は何が何でもこれを食べる!」と決めていけばよいと思います。

一番食費でお金を使ってしまうのは、現地のお店に入って「何を食べようかな?」と迷う時なのです。



実際にいた貧乏旅行の猛者たち

以下は私が多くのYHで知り合った人で、実際に驚愕の貧乏旅行をしていた猛者たちから仕入れた情報です。
私が実行したことも一部ありますが、若いときでも「これは俺には出来ない」と思うような内容が多かったです。

昔のYHの旅をご存じない方は「そんなのウソだろ!」、「ありえないよ!」とお思いになる方が多いと思いますが、1970~1980年代のYHの旅をしたことのある人ならば、「そういう連中確かにいたね」と納得して頂けると思います。

 

YHでは朝パンが出されるところも多く(ご飯と両方出すところもある)、しかもパンは食べ放題が普通。
 朝パンを食べれるだけ食べて、数枚昼食用にもらう。(特別に許可をとるわけではない。)

学校給食に出ていた小さな小分けのジャムやバターを出すYHだったら、それらも少々もらって行く。
(バターは昼食時には悲惨な状況になっていることが多いので、なるべく避けるまたはビニール袋に入れる、と言っている人もいた。)

→これらは自転車野郎に多かった。やはり体力勝負だからかな?

コーヒー用のポーションのミルクやガムシロップをもらって出かける。
ミルクとガムシロップを混ぜて飲むとのこと。
これも自転車野郎に多い。つまり甘いものを摂取して疲労を軽減するため。ある人がこれらに水を加えて嵩を増して飲んだら酷い味で、それ以降絶対に水は混ぜず、量は極少なくても必ず【原液】を飲んでいるとか。

2日に1度は野宿する。
まともな宿と言ってもYHや激安民宿しか泊まらず、人によっては【1泊がYH、2泊が野宿】というペースの人もいた。
YHなどに泊まる理由はゆっくり眠り疲れを癒すのはもちろんだが、【風呂に入るため】だそうだ。
さらに過激な猛者になると1週間のうちYHは1泊のみで、あとは全部野宿。
風呂は都市部で銭湯に行くと言っていた。

夜行列車を有効に使う。
移動(乗車)距離が極端に長い北海道では極めて有効な手段だった。
最初の目的地、帰路の列車は極力夜行列車を使い宿に泊まらないようにする。
そして一旦道内に入ったら昼間はあちこち回り、夜は夜行に乗って途中駅(当然深夜か明け方)で反対方向の夜行列車とすれ違う駅で下車し(改札は出ない)、その反対方向の夜行列車に乗ってまた戻ってくる。

この方法をとれば確実に1泊の宿代が浮く。(もちろん風呂は入れないし、食事は事前購入が必要)
実は私もこれを19歳の時にやったことがあるが、当時の若さを持ってしてもかなりきつかった。
「もう2度とやらない」と思ったものだ。

北海道内では石北本線での折り返しが有名だった。旭川方面から網走行きの夜行急行「大雪」(当時)に乗って、丸瀬布か遠軽あたりで上り「大雪」に乗り込んだ記憶がある。

ただし現在は北海道はもちろん、全国的に夜行列車がほぼ無い状況なので現在は不可能。

洗濯物の工夫
夏場の気ままな旅行は(特に学生やフリーターは)どうしても期間が長くなりますし、北海道/九州/離島では特にその傾向が強くなります。

問題となるのは洗濯物です。夏場は汗をたくさんかくので、どうしても下着やTシャツの枚数も多くなります。
でも荷物は極力減らしたい、というのが人情ですね。

猛者は夏場の長期間旅行を乗り切るために以下のようなことをする人がいます。
(私はこれらをしたことがありません!)

・着替えは最低限の枚数(2泊3日分で充分とか)しか持参せず、洗濯を小まめにする。
都市部ではコインランドリーを探して使い、YHや民宿では他の宿泊者に見られないように洗面所などで手洗いで洗い、自分のベッド内、または部屋の中(相部屋でない民宿の場合)に干す。

折りたたみハンガーや洗濯石鹸をあらかじめ持参しておく。
また一晩干しただけでは夏でも乾かないことが多いが、翌日宿を出てからリュック(真の旅を極める旅人はリュックを使う。決してキャリーバッグは使わない。)の外側に洗濯ばさみで止めて歩きながら洗濯物を乾かしたりする。
パンツなどはさすがに難しいので、小型のドライヤーを持参して前日夜のうちに乾かしておく。

・たくさん汗をかかない日は下着でも交換しない。
これはかなり勇気が要ります。匂うかどうかは本人では分からないからです。

昔のYHに泊まった事のある人ならば聞いたことがあるはずですが例えば、

パンツを3日間連続で穿いて、次の3日間は前後逆、更に次の3日間は裏表を逆にして穿く

という笑い話しみたいなことを実践していた人も本当にいたのです。
今はこんなことする人いないだろうし、しようとも思わないですよね。

 

聞いていて「オェ!」とか「絶対俺には出来ない!」という人も多いことでしょう。
私だって当時はもちろん、今でも「出来ないよ!」と思うことばかりです。

でも本当に1970~1980年代のYHにはこれらの人がうじゃうじゃいたのです。

ヒッチハイクは究極の交通費節約術?

ヒッチハイカーは日本は欧米ほどではありませんが、昔から今に至るまで少数ながらいます。
札幌に住んでいる私でもたまに「函館」とか「千歳」とか書いたスケッチブックを持って沿道で手を上げている人を見かけます。

こちらの記事にも書いていますが、ヒッチハイクは絶対にお薦めできません。すべきではありません。

経験者の私が言うのもなんですが、今昔はもちろん男性複数で行うにせよやるべきではありません。

理由は上記関連記事を見て欲しいのですが、ざっくりとまとめると以下となります。

乗る方、乗せる方ともに「危ない奴かもしれない」という不安が付きまとい、実際にトラブルが起きることもある。

運転者はいきなり乗ってきた見ず知らずの人の命の責任も負うことになる。
車の事故はいつ起きるかも分かりませんが、そのような場合でも名前も知らずいきなり乗って来た人の命・人生に責任を持つというのは大変な大事(おおごと)です。

乗せてもらうほうもこれは自覚する必要があります。自覚が皆無で乗るのは自分がさらされる危険はもちろん、ドライバーに対しても失礼です。

乗せてくれる車を単なる「タダで都合よく乗せてくれるクルマ」と捕らえるのは失礼であり、かつ人間間のトラブルや事故を考えたら見ず知らずの人の車にタダで乗せてもらおうというのは虫が良すぎると思う。

などです。
あなたはどう思うでしょうか?



貧乏旅行者は本当にお金が無いのか?

私が一人旅を始めた1970年代後半から近年に至るまで数多くの貧乏旅行の人を見てきました。

私についても誤解なきように言いますが、貧乏旅行は殆どしたことがありませんが、逆に贅沢旅行をしたこともありません。
結婚前の20代まではYHの利用が圧倒的に多かったので自然と低コスト旅行になっていただけです。

結婚後もパッケージツアーばかりなので、そこそこ良いホテルに家族で泊まっても価格自体はかなりの激安ばかりでした。

さて私が見てきた貧乏旅行ですが、結論を言えば本当にお金が無くてやむ終えず貧乏旅行をしていた人はまずいませんでした。

いかにお金を使わないか、という旅行をする人はお金が無いのではなくて、お金をかけないことを楽しんでいるというのが正解です。

もちろん貧乏学生、苦学生など旅費に関してかなり厳しかった人もたくさんいるでしょうが、皆限られた予算でいかに旅をするかを楽しんでいたのです。

 

これが1960年代、またはもっと前だと違うかもしれませんが、時代を遡れば「お金が無ければ旅などに出ない」という人ばかりだったはずです。

 

つまりお金が無いのではなくて、「お金をかけないチャレンジ旅行」みたいなものだったのです。

この旅行は家族を持つと難しいですが、例えば将来子供が独立したりすれば夫婦で工夫して貧乏旅行を楽しむことも出来るでしょう。(配偶者の同意が必要ですが)

ある程度年齢を重ねて「一人旅に出たい」と思った時は、きままに体力が許す限りの貧乏旅行を楽しむことも出来ます。

お金を使わない、ということよりも様々な工夫をして1歩、2歩他の人とは違った旅行を楽しむのはいかがでしょうか?

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4 Responses to “青春の貧乏旅行”

  1. 4あほ より:

    「貧乏旅行」ってジャンルは、その通り、貧乏だからやるんじゃなくて、
    「節約することも目的に入れた実験的?放浪」といったほうがいいのかもしれません。
    ・・・わかりませんが…みならいかのん

    北海道のユースホステルはパン・米食い放題のところが多かったですから、
    「のりたま」「おかか」「マヨネーズ」「梅干し」は(自分らの中では)必需品でした。
    余った残飯は食事を作ってくれたおばさんと皿洗いしながら、
    「ごはんと漬物、もらっていいすか?」と聞いて、
    夜食おにぎり作ったりしてました(時効話)。
    (ちなみに給食の残飯も『給食委員』やりながら、
    きれいなパンや唐揚げとか持って帰ってました。それが原因で給食委員会なくなりましたが…。)
    タッパもちっこいラップの必需品で、朝食の余ったパンはマーガリン・ジャムを塗って、
    その中に入れて圧縮すっと、ちょうどいい加減のサンドイッチになってました。
    ガムシロップはなかったですが、砂糖と塩で即席ドリンク作ったりはしてました。
    ・・・そのころはスーパーで半額とかしてくれませんでしたはじめっち

    駅で水なんか補給できるとこなんて少ないっす。絶滅危惧種っす。水は買う時代っす。
    身分証明書とか持って、小学校とか公民館とかでもらうほうが可能性大っす。
    (小学校…どうすっかね?10年目の話だし)
    洗濯物はむしろユースで洗ったっす。コインランドリー無いし高いっす。
    パンツは2枚、一日おきにトイレで洗って、自転車・自動車なら走行しながら風充てれば、
    大体乾くから、2交代制で十分っす。
    ・・・猛者でなくてもみんなやってんでないすっか?ゆたか

    あたいはむずかしいことはよくわかんないけども、
    そういう変な?人たちがうじゃうじゃいたから、
    ユースはすたれちゃったんだないんか?なのだ。
    でも、おねぃちゃんたちと交流すっときは、けっこういいもん(なのか…?)着てかっこよくふるまってたりしたのだ。
    ・・・ある某所なのだつるみん

    • kaikoshumi より:

      4あほ様
      こんにちは。コメントありがとうございます。

      皆様、似たようなご経験をお持ちですね。
      でも今の時代は出来ない事のほうが増えてしまいました。

      ちょっと変な(?)事をすると直ぐに通報されてしまいますね。
      でも昔はあれで楽しかったし、社会(旅先)も許容してくれていました。

      >そういう変な?人たちがうじゃうじゃいたから、・・

      →これに尽きるかと思います。
       確かに今でも礼文島の桃岩荘などは昔のままバカ騒ぎをしているようですが、離島だからOKなんでしょう。

      同じ北海道でも札幌あたりで、毎朝おかしな見送りとかあったら通報どころか「YH閉鎖しろ!」とかの市民運動が起きるかもしれません。

      でも昔のYHはおかしければおかしいほど泊まりたくなる、楽しかったのは事実かな?と。

      ご訪問ありがとうございました。
      またおいでくださいね。

  2. キュア梅盛 より:

    「貧乏旅行」の範疇に入るかどうかは「?」ですが・・・

    その昔、夏の北海道にバイク乗りが大量に湧き出ていた頃のお話ですが・・・「泊まるのは無料のキャンプ場か無料のライダーハウス(カニの家とも呼ばれていた)、もしくは無人駅の待合室やバス停のみで食事はコープで買ったパンの耳と牛乳だけ・・・バイクのガソリン代と行き帰りのフェリー代以外ギリギリ節約して最終日に苫小牧(関東在住者の場合。関西在住者は小樽)からフェリーに乗る前に札幌のすすき野のソープランドに行く」という猛者?が結構いました。

    • kaikoshumi より:

      キュア梅盛さま

      こんにちは。コメントありがとうございます。
      バイク乗りは今でも春に雪が解けた時期になると急に増えてきます。

      自転車もそうですが、彼らは大昔と同じくなぜか「三角の小さな旗」をつけている人が多いです。

      ライダーハウスは今でもありますが、「カニの家」と言う言葉を知っている人は少ないのでしょうね。

      ご紹介して頂いた「豪快なバイク乗り」も結局「貧乏をいかに楽しむか」に尽きているのではと思います。

      最近は秋の気配の札幌となりましたが、まだまだバイク乗りはたくさんいますよ。

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
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色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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