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正月の思い出

正月は子どもにとって一大イベント

 

子どもの時にうれしい時期というのはいつだったでしょうか?

私は1番が夏休み、2番が正月でした。

夏休みについては今更言うことでもありませんが、正月が楽しみなのは以下の理由でした。

お年玉をもらえる

年末は遅くまでテレビを見ていたりしても怒られない。
(でも途中で寝てしまうが)

年賀状が来るのが楽しみ

長い休みだが夏休みの時ほどたくさん宿題が出ない。

空気が冷たくて町がシーンとしている雰囲気が好き(子どもなのに)

などでした。

夏休みと違い旅行に行った記憶はありませんが、親戚が来てお年玉をもらったり遊び相手になってもらったりもしました。

私は幼少時東京都内で、両親も田舎があるわけでもないので帰省という経験はありませんでしたが、何となくの~んびりした感覚が好きでしたね。

結局お正月は何して過ごす?

年末のテレビは別として年が明けてからの生活です。

元旦の朝はおせちや雑煮などを食べて親からお年玉をもらい、年賀状を確認したりすれば何となく1日が終わります。
でも2日からが私はあまり好きではありませんでした。

「え? お年玉をもらって好きなもの買ったりすればいいじゃん!」と皆さんおっしゃる事と思います。

もちろんその通りです。

それが子どもにとって正月の最大の楽しみなのです。

し・か・し・・・・、

私が幼少の時は正月に開いている店が殆どなかったのです。
東京23区内なのにです。ここでいう時期とは1960年代後半~1970年代後半くらいまでです。

当時はコンビニなんてありませんでした。
スーパーはあちこちにあっても今のようにスーパー=大資本のチェーン店みたいな構図はなくて、都内でも殆どが個人商店が発端で様々な食料品を扱っているという店が圧倒的に多かったのです。

ましてや子どもがお年玉を握ってスーパーに行ったところで買うものはアイスやお菓子、よくてプラモデル(売っているスーパーは少ないが)くらいでした。

もちろん自分のお金で好きなアイスが自由に変える幸せはありましたが、当時の男の子にとってはやはりプラモデルなどが欲しかったのです。

模型屋も昔から普通にありましたし、私の幼少期でもプラモデルは全盛でおびただしい種類のプラモデルが当たり前のように売られていました。

例:当時もっとも流行ったのはサンダーバードですね。特に2号は交換出来るカプセル?もたくさん売られていました。
他にもウルトラマンシリーズの怪獣や戦闘機などの武器とかもたくさん売っていました。

 

ところが当時のこれらのお店は正月三が日どころか、4~5日くらいまで休みというのが当たり前だったのです!

近年は元旦からやるのが当たり前、でも今年から働き方改革などで元旦または2日まで休みとか増えましたが、せいぜい3日になれば殆どの店は通常営業ですよね?

でも当時は食料品のスーパーであっても新年の営業は1月5日から、店により6日なんていうのが常識でした。
だから大人は大晦日までに食料品を買い込むのです。

まれに「元旦のみ休み」なんていうお店もありましたが、驚異であり例外でした。

だから当時の正月は今以上にのんびり感が強ったのだと思います。

でもせっかくのお年玉をすぐに使えない、使って好きなものを買ったら直ぐに新学期が始まる、なんて悲惨でしたね。



おせちとか食べた?

私の両親は戦前生まれでしたし、母は正月はおせちとかに拘っていた人だったので、毎年最低限の種類でしたがおせちを作っていました。

今じゃおせちの宅配や晩秋からネット注文とかまである時代ですが、当時はおせちの多くは家で作り、伊達巻や栗きんとんなど単体で売っていた程度でした。

もちろん絢爛豪華なおせちも売ってはいましたが、我が家を含めて殆どの家庭では年末に買ったおせちの具材を使っていたと思います。

父も特におせちを好んでいたわけではありませんでしたが、毎年母が一生懸命準備してくれていたのでやはり我が家では恒例行事の一つだったのです。

↓こんな豪華なものは出ませんでしたよ。

でも私はあまりおせちを美味しいものだと思っていませんでした。

手を付けるのは栗きんとん、伊達巻、黒豆くらいで殆ど全ての栗きんとんは私一人占めに近かったと記憶します。

 

正月に一番好きだった食べ物はお雑煮でした。
きな粉餅や安部川餅も好きでしたが一番は雑煮かな?と。

正直私にとっては雑煮と栗きんとんだけあれば後は何もなくても良かったのです。

食にこだわらなかったわけではなくて、単に正月の料理があまり好きでなかっただけのことです。

正月特別な遊びをした?

私は特別な遊びはしませんでしたね。
正月の遊びというと昔は凧揚げ、こま回しとか言っていましたが、まずこま回しはほぼ1回もやっていません。
当時でも「あんなものつまらない」と思っていたし友人もやっている人を見たことも聞いたこともありませんでした。

では凧揚げは、というとこれはやりました。

毎年買うわけではありませんでしたが、東京の冬は北風が強い日が多く、当時住んでいた練馬区の上石神井や南大泉は広い空き地もたくさんあったので2~3年に1度くらいは凧を買いました。

でもすぐに飽きちゃうんですね。

糸が絡まったりもしてぐちゃぐちゃになって、嫌になったりとかもあったし。

 

正月は友人を誘っても「親戚が来るから」とか「親が正月くらいは家で静かにしていろという」などであまり友人とわいわい遊ぶ機会はなったです。

だから正月は「店が開いてお年玉が使えるまでの日々」、「学校が始まるまで」は本当にヒマでした。

多分誘いを断って来た友人も同じ気持ちだったと思います。

うちは親戚が少ないからまだよかったと思いますが、親戚が多い友人は「お年玉は稼げるけど、長時間大人に囲まれて結構つらい」と言っていました。

 

幼少期と今の年齢を差し引いて考えても当時の正月は本当にヒマだったと思いますが、でもそういう時代だからこそ工夫して楽しもう、暮らしをよくしようという気持ちが当時の日本人にあふれていたのだと思います。

当時の方があらゆる面で皆生き生きとして力強い生活を送っていましたね。

 

↓当時でもこれくらいもらっていれば店が休みでも楽しかったと思うが・・・

ありえない話しです。

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4 Responses to “正月の思い出”

  1. anna より:

    シーンとすべてが止まってしまう正月休み、でしたよねえ。親戚が一家に集まって、集まりの手土産に持たされた日持ちのする押し寿司や餅で(昭和の景気は良かった!)、数日の食事が足りていたように思います。
    それが、あれっ?と思う間に1日から福袋を売るようになり、一瞬はそれを歓迎しましたが、だんだんと、3が日くらいは休みでよかったのに、って感じるようになってきましたね。

    • kaikoshumi より:

      anna様
      こんにちは。コメントありがとうございます。

      anna様がおっしゃる事、激しく同意します。
      まさにその通りでした。

      うちは親戚は少なかったので、たくさんの人が集まるとかは殆どありませんでしたが、「日持ちする・・・」で子どもにとっては後日も「またこれ・・・?」とがっかりな日が続きました。

      今は元旦もしくは2日から営業が当たり前となり、便利ではありますが一歩引いて冷静に考えると「3日まで休みでもよいのに?」と思うことも多々あります。

      便利なのは良いことですが、それと引き換えに出勤して苦労しなくてはならない人がいるということを忘れてはいけませんね。

      またおいで下さいませ。

  2. 4あほ より:

    うちらは年賀状ってば、気分的に嫌いだったんで、
    やり取りしたことはほとんどなくって、最近では、
    やっと来なくなったことをみんなで喜んでます。
    ・・・わずらわしいんだもんみならいかのん

    テレビで盛んにCMってるけど、であごすちーにとかいうばら売りプラモ?の会社…?で、
    「国際救助隊」の基地のミニチュアと救助メカってのを
    (きっと50週くらいさ分けて)売り出してるみたいなのっす。
    初めは499円だけど、次からは2000円くらいで
    出来合い?のおもちゃみたいなのほしい人いるのかな?って思っちゃうっす。
    ・・・きっとマニアは欲しがらないっすゆたか

    独楽まわしは、正月の遊び…っていうよりもむしろ、
    生活科の授業とか、地域の敬老会のふれあい体験とかで、
    年中まわしていたような気がします。
    ・・・ベイゴマだけはうまくできませんみならいかのん

    あたいはむずかしいことはよくわかんないけんども、
    おせちは子どもんころ出たけど、みんなあんまし食べないから、廃止したのだ。
    んでもって正月は、「八女祈禱院雑煮」と「十勝産黒豆」と「八女風?がめ煮」と
    「千葉県産落花生のだいこん・にんじんなます」
    買ってくるのは「小田原㋒の伊達巻」(今年は安かったいわき産も購入…うまかったのだ!)。
    安い福島県産の純米(飲まないけど)・伊達巻うまいけど、
    もっと評価が高くってもいいと思うのだ。
    ・・・「豪華おせち」とか買って喰う気になれないのだつるみん

    • kaikoshumi より:

      4あほ様
      あけましておめでとうございます。
      本年も当サイトをどうぞよろしくお願いいたします。

      コメントありがとうございます。

      >であごすちーにとかいうばら売り・・
      →この会社ともう1社のこれらのものは時として喉から手が出るほど欲しいものもありますが、確かに最初は500円前後、2回目からはいきなり1980円とかになり、完成までの回数を計算すると大型で精密なモデルだと20万円近く払わなければならないものもあります。

      だましているわけではないけど、最初に「本モデルは完成までに合計XX万円かかります」なんて言ったら誰も買わなくなってしまうでしょうね。

      >おせち
      →おせちに拘る人は地方でも年々少なくなってきているみたいですね。
      とても良い日本文化だとは思いますが、よほど思い入れのある方でないとそんなに美味しいものではないと感じます。

      あれだったら普通の刺身か焼肉が私はいいですね。

      皆さま、どうもありがとうございました。
      またのご訪問お待ち申し上げております。

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管理人について

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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