Sponsored Link

【訃報】歌手の青木裕史さん ご逝去

青木裕史さん ご逝去

 

一月前、2020年12月12月19日にシャンソン歌手の青木裕史さんが68歳という若さで逝去されました。

脳梗塞だったそうです。

シャンソン歌手という職業柄本サイトへのご訪問者様は彼をご存知の方は少ないと思いますが、ユースホステル(YH)関連の検索で当サイトを訪れた方、かつ一定以上のご年齢の方は知ると「え!そうなの!」と思われるのではと思います。

私は彼とは個人的なつながりはありませんが、実際にお会いしてお話しさせて頂いたり、写真を撮らせて頂いたりしたのでいささかショックであります。

青木裕史さんとは?

本名は青木清さんであり、このお名前で活躍されたこともありました。

静岡県藤枝市出身のシャンソン歌手であり、1977年には全国のユースホステルで広く歌われていた名曲中の名曲である「旅の終わり」でデビューもされました。

旅の終わり」は元々青木裕史さんが作ったり歌い始めた曲ではなく、YHに泊まっていた人が作り歌い、その美しい心に染みる曲が口コミで全国のYHに自然と知れ渡って行ったという曲なのです。

ですから元々「XXさんが歌っていて広めた」、「XXさんがレコードを出していた」という曲ではないのです。

YHに泊まった連中の間だけで歌い継がれていたという曲ですが、その美しいメロディや口コミだけで全国的に歌い継がれるという曲をプロの歌手が歌いレコードにもなったという異例中の異例と言えるべき名曲なのです。

シャンソン歌手の青木裕史さんがフォークソングと言える「旅の終わり」を歌うきっかけは判りませんが、彼の美しい声、抜群の歌唱力、そして曲のイメージにあう人柄などから選ばれたのではないのかと思います。

 

彼のサイトがありますのでご覧ください。
(2021/1/30、16時現在まだ逝去されて一月という事で事務所側も混乱されているのかトップページが正常に表示されませんが、サイト上部のプロフィールや写真などのメニューは機能していますのでご覧頂けます。また今後のリンク切れについてはご容赦下さい。)

http://www2.odn.ne.jp/hiroshi-aoki/index.html

 

関連記事: ユースホステルで歌われた名曲

私と青木裕史さんとの出会い

彼と出会ったのは1977年(昭和52年)8月の北海道の美幌YHでした。
彼はこの年に「旅の終わり」でデビューして夏の北海道のYHを回りデビューキャンペーンをやっていたのです。

その日たまたま私が美幌YHに泊まっていて歌声を披露して頂きました。

翌日彼と「この曲は私が大好きな曲なんです」などと少しだけお話しをさせて頂き、写真も撮らせて頂きました。

(この写真は幾度となる引っ越しなどで紛失した可能性があり、すぐに当サイトにアップ出来ない状況です。発見したらアップします。)

覚えているのは1960~1970年代に流行った「やや長め程度のロン毛」と「細目のジーンズ」でした。
まさに時代ですね。

細くすらっとしたスタイルの良い方で、笑顔がとても素敵なお兄さんでした。

近年のお写真を拝見しても髪型こそ違っても素敵な笑顔は若い時と全く変わっていませんでした。

その後「旅の終わり」はあちこちのYHで耳にすることはあっても彼の事はずっと忘れていましたが、当サイトの記事、ユースホステルで歌われた名曲を書く時に調べものをして思い出したのです。

その後はちょくちょく彼のHPを見に行っていましたが、本日(2021/1/30)に上記記事のコメント欄に「ひー様」より今回の訃報をお教え頂き急遽本記事にすることになったのです。

もう一月、まだ一月、人により感じ方は異なりますが、ともかく残念で悲しくてなりません。

個人的なお付き合いがあったわけではありませんが、私の青春の思い出の一つがまた手が届かない遠くに行ってしまった気がします。

青木裕史さんのその他関連情報

その他関連情報をいくつか載せておきます。
いずれもリンク切れはご容赦下さい。

Wikipediaのページ

珠木美甫の気まぐれブログ 様

 

以下は上記「珠木美甫の気まぐれブログ」様のページにありました青木裕史さんの奥様からお知らせ部分を転載させて頂きます。


「残念なお知らせです。
訃報
シャンソン歌手 青木裕史 は、12月19日 7時12分
小平市の公立昭和病院にて脳梗塞のため亡くなりました。
68歳でした。
当日の早朝、自宅で倒れ救急車で搬送されましたが
意識の戻ることはありませんでした。
尚、通夜、葬儀は時節柄、家族のみで行う予定です。
ここに生前のご厚誼を深謝し、謹んで通知申し上げます。
      来春、時期を見て故郷・藤枝市の菩提寺に納骨致します。
      また、失礼とは存じますが、供花・香典の儀は
ご遠慮申し上げます。
喪主:青木博子(美樹ひろみ)   」
青木音楽事務所

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

素敵な青春の思い出ありがとうございました。

スポンサーリンク


2 Responses to “【訃報】歌手の青木裕史さん ご逝去”

  1. いら かおる より:

    青木裕史(清)さんは昭和52年当時、デビュー前のキングの専属歌手でした。YH協会のLPレコード「いっしょに歌って」第3集を作るにあたり、「旅の終り」等の収録に参加しました。そこへ各社競作の騒動?が起き、このEPレコードが急きょ青木さんのデビューシングルになったということです。ですからご本人の目指す方向とは必ずしも同じではなかったと聞いています。青木さんはその後シャンソンの世界に移り活躍されました。68歳。お若いのに残念でなりません。なお「みちのく慕情」というEPも出されています。(演歌ではありません)

    • kaikoshumi より:

      いら かおる様
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      青木さんはそういう事だったのですか。私も彼の経歴などを拝見するとどう考えてもYHで歌うような曲の歌手になるとは思えなかったのです。
      でもきちんと学んだだけあって歌唱力、声量などは抜群でしたね。
      本当に惜しい方を亡くしました。まだまだこれからだったはずです。

コメントを残す

サブコンテンツ

管理人について

管理人

こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道札幌市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

スポンサーリンク

このページの先頭へ