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子どもの時トイレに行きたくなったら?

子どもの頃のトイレは究極の大問題!

老若男女問わずトイレは誰にでも大きな課題であります。
特に外出時、車に乗った時、渋滞時、海外や国内でも状況が把握出来ていない場所へ行った時などです。

でも幼少期、人によりますが概ね小学校1~2年生までは、トイレに行きたくても恥ずかしくて親兄弟に言えない、ましてや学校の先生や親戚の人になんて・・・。

これって物凄く切実、かつ重大な大問題であります。

お腹が空いた場合は多少我慢すれば、「あと1時間後には食べられる」とかですし、子どもでも1食抜いたからと言って死ぬわけでもありません。

でもトイレだけはどうしようもありません。我慢にも限界があり、頑張って我慢しようとしても体が言うことを聞いてくれませんね。

というか我慢など出来ないのが普通です。

自分が子どもの時はもちろん、人様の親になると必ず「我が子のトイレ」の事は避けて通れません。

あまりにも身近過ぎてさほど話題にもならないかもしれない「子どもとトイレ」について考えてみましょう。

なお常にオムツを取り換える赤ちゃんは本記事では触れず、自分でトイレに行ける年齢の子どもを対象に書いています。

 

うわぁぁぁ!! もうガマンできない!

自分が子どもの時のトイレは?

私に限らず多くの方はよほどのエピソードが無い限りは子どもの頃のトイレやおもらしの事はあまり覚えていないと思います。

違う見方をすれば、例えおもらしをしても子どもにとってトイレは日常的過ぎて、記憶に残らないのでしょう。

私が覚えている範囲で「忘れられない私のトイレの思い出」をご紹介しましょう。

 

4~5歳の頃のトイレに向かう途中でのおもらし
当時住んでいた家は大して広くはないのですが、廊下が長くて一番端にトイレがあるという典型的な古い日本家屋でした。

そしてドア、と言っても木の手前に引く扉を開けると男子小用便所、その奥の扉を開けると個室、ボットン便所がありました。

関連記事恐怖のボットン便所
↑こちらの記事には当時の私の家の便所の詳細説明もあります。

ある日(昼間)物凄く強い便意をもよおしてトイレに駆け込もうとしたのですが、小さな子どもがボットン便所の狭い個室でズボンやパンツを脱ぐのも大変だし、パンツを落とす危険もあるので親が「パンツを脱いでから行きなさい。」みたいなことを私に言ったのです。

猛烈な勢いでズボン、パンツを脱いで長い廊下を走ってトイレにダッシュです。
汚い話しで恐縮なのですが、その時食べ過ぎか何かで下痢をしていたのですね。
ましてやこのくらいの年齢だと体のコントロールがまだ完全ではないので、廊下の途中でお漏らしをしてしまったのです!

親に「うわぁ~!漏らしちゃった!」と叫んだのですが親は「どうでもいいから早くトイレに行け!」と言い、私も慌てて個室に駆け込みました。

廊下にこぼした量は少量だったのですが、トイレから出ると親が廊下を拭いていました。
別に怒られはせず「大丈夫だったか?」と心配してくれました。

実にくだらない、或いは誰にでもありそうな話しですが、4~5歳という年齢の時なのに物凄くリアルにその情景まで覚えています。

あの時の私はパニック状態だったのでしょうね。

父親の枕元で立ちション
これは幼稚園年長か小学校上がったばかりくらいの時で、上述のボットン便所の家ではなく和式でしたが明るく清潔なトイレのある家に引っ越した後の話しです。

親に体をポンポンと叩かれて声をかけられるまで一切の記憶がないのですが、父親が寝ている枕元で立ちションをしたのです!

部屋は和室で布団を敷いて寝ていました。
記憶がないまま母親に「何やっているの!起きなさい!しっかりしなさい!」と体を叩かれて目を覚ますと私は立ったまま(パジャマで)父親の枕元にある木の柱に向かって立ちションをしていたのです!

これには自分自身驚きましたね。
父親も慌てて起きて雑巾持って来たり夜中に大騒ぎになりました。
父親の顔にかかったのか、布団は無事だったのかは定かではありませんが、柱と直下の畳は大変なことになってしまいました。

父は部屋の掃除、母は寝ぼけ眼の私の服を脱がせてお風呂に連れて行ったのです。

でもお風呂に行った後の記憶がありません。
自分もパニックだったはずですが、自分の入浴や着替えが終わると安心して熟睡してしまったのでしょう。

翌朝母は「昨夜の事覚えている?」とか言っていましたが、私は何と返したかは覚えていません。父は何も言いませんでした。

冷静に戻ってとにかく怒られないだけ良かった、と思ったのですが、それ以前に部屋はどうする!の方が問題ですね。

お風呂でおしっこ
これは誰でも経験あるかもしれません。でも浴槽ではなくて洗い場ですよ。

やはり年長か小学校入学した時の夏休みの事なのですが、母の知り合いの紹介で、茨城県の磯崎という場所の民宿を取ってもらってそこに1泊で海水浴に母と行ったのです。

当時は全国的に夏休みとなると海水浴場は大変な賑わいで、宿をとるのも大変、列車の指定席も採れない、自由席だったら長時間並ばなくては、という時代でした。

(当時は全国あちこちに、「海水浴特急(急行)」とか「XXビーチ号」とかの特別列車がたくさん走っていました。)

母と当然女風呂に入ったのですが、私は母に「おしっこしたい」と言ってトイレの場所を聞こうとしました。

しかし母もトイレに連れて行くのが面倒なのか、最近の宿や温泉の脱衣所のように直ぐそばにトイレが無かったのかは分かりませんが私に向かって「ここでしろ。お湯で流すから」というのです。
当時5~6歳の私でも物凄い抵抗がありました。トイレとお風呂は別物と当たり前のことを頭の中でしっかり決めつけていたからです。

でも足元直ぐの場所には排水口もあり、満室のはずのこの民宿の女風呂には私と母以外誰もいませんでした。

となるとどうせ我慢なんて出来やしないんだから、と私は座ったままですが豪快にしましたね。そしてさっとシャワーで流してはい終わり!でした。

でも終わった後も罪悪感があり、母は何も言わないし、特別怒った態度も無かったのですが、私は私自身を心中で叱っていました。

これがちょっとトラウマになっているかもしれません。
この話しを高校生くらいの時に友人に話したら、

「お前そんな小さなこと気にしてるの? 俺もさすがに浴槽ではしないけど、海に行くとどうどうとやるぞ! 大海原での排泄は気持ちいいぞ! ガハハハハ!」

なんて自慢していました。

私は苦笑しながら聞いていましたが、心中で「ばーか!お前のような奴がいるから海は大腸菌だらけとかニュースになるんだよ!」と言ってやりましたけどね。

 

ここでするなよ・・・




我が子のトイレの思い出は?

人様の親になった私は当然子どものトイレの様々な思い出もあります。
いくつか思い出しながらご紹介します。

お股だけ汗かいちゃったの
息子が年長くらいの時に家族で伊豆にドライブに行き、帰りに真鶴の公園に寄りました。

公園で散々遊んで「もう帰ろうか」となった時、息子のズボン(半ズボン)に何気に目をやると濡れている、つまりお漏らしをしたという事に気が付きました。

これで車に乗られてはたまったものではありません。
公園に着いた時は濡れていなかったので遊んでいる間にお漏らしをしたようです。

息子には「漏らしただろう!」とは言わずに、「XX(息子の名前)、車に乗る前にズボン取り換えようか?」というと息子は物凄く引きつった顔で、首を横に振りながら引き締まった口元は何も話しません。

更に私が「ねえズボン取り換えてから車に乗ろうよ」と再度言っても同様に首を横に振るだけです。

横で見ていた妻も私の心中などを察してか苦笑いしながら何も言わず静観していました。

 

:でもさ、このまま車に乗ったら座席も濡れちゃうしさ。

息子:・・・・

:ね、このままじゃダメだよ。ちょっと濡れちゃっているよね?
でもお漏らしじゃないよね?濡れただけだよね?

息子:(やっと口を開くが顔はこわばったままで)

暑かったからお股だけ汗かいちゃったの。

お漏らしじゃないよ。

:そうか、分かった、汗かいちゃったんだね。でも取り換えないと車の座席に汗が付いちゃうからさ、取り換えようね。

 

さすがにここまで言ったら息子は私と一緒に公園のトイレの個室に行ってくれました。
私もそれ以上言わず黙々とズボンとパンツを交換し、下の子ども用に持っていたお尻拭きでお股を拭いてきれいにしてあげました。

息子はさっぱりしたと感じているでしょうが、車に乗ってからも暫くは顔はこわばったままでした。

お漏らししても子どもを怒ったり、深く追求してはいけないという事を学んだ良い経験でしたね。

 

汗かく場所が違う!!






指に味噌が付いている・・・

息子が1~1歳半くらいだったと記憶します。
この日は妻が出勤日で、私と息子は留守番でした。

私がトイレの個室に雑誌を持ち込んでリラックスタイム?を堪能していると息子が廊下をドカドカと走って来ます。

1歳半くらいの子どもは個人差が非常に大きいですが、単語を少し話し始める程度で普通の会話をこなすのはやや難しいくらいの年ですね。

それと土踏まずが完成していないので、歩く時走る時は足の裏をべったりと地面や床にくっ付けるので、廊下ではドカドカと豪快な音がしたりします。

息子が勢いよくトイレのドアを開けると、

無言で片方の人差し指を私の眼前に差し出しました。
その指先には味噌みたいのがくっついていました。

彼にとってはそれが何かよく分からず、どうしてよいか助けを求めに来たようです。

そうです、この味噌みたいなものウ〇チなんです。
なぜ彼の指に付いていたのか、というとオムツから背中側にはみ出すほど大量にしてしまい、背中や腰が気持ち悪くて触ったら指に「え~!」という物体が付いてしまい驚いて私の元に走って来たのです。

子育て経験者であれば、子どもは時に驚く程の量をして、オムツの背中側からはみ出すことがあることをご存知でしょう。ウ〇チを背負っている状況です。
(まだ子育て経験前の方も、ここで覚えて下さいね。役に立ちますよ。)

私は目を見開く程驚き、全身の血が引いてしまいました。
幸い私は用を済ませ雑誌を読んでいただけなので、子どもに「どこにも触るな、今からパパとお風呂に入ろう」と言って直ぐに浴室に入りました。

案の定、息子のお尻は地球が割れてマントルがはみ出て来ているような状態でした。

地獄絵図とはよく言ったものだ、としみじみ思いましたね。

 

とにかくお尻を洗うしかありません。しかし本当の地獄はここからなのです!

シャワーをお尻に強く当ててもお尻のヒダヒダなどにビッシリと染み込むように付いていて、とてもシャワーで落ちるレベルではありません。
でも息子はとても気持ちよさそうな顔をしていました。

私は「どうしよう・・・。これ以上シャワーは強くならないし、痛いだろうし。」とあれこれ考えましたが、「もうこれしかない!」と意を決して清水の舞台から飛び降りる気持ちで、自分の左腕の指先から肘くらいまでに泡立てた石鹸をたっぷりと付けて、右手でシャワーを持ち、石鹸まみれの腕を息子の股間に差し込んだのです!

そしてシャワーを当てながら腕を前後にすると見る見るうちにきれいになって行きます。

息子は気持ちが良いのか、「ウヒャヒャヒャ!」と楽しそうに笑っています。

私はとにかくきれいにしよう!と必死でした。
息子を洗い終わって自分の腕も洗いやっと浴室から出る事が出来ました。

しかしオムツの処分以外にもう一仕事残っていました。
それは息子が汚れた指であちこち触っていないか、背中から漏れた物が何処かに落ちていないかを家中チェックしたのです。

幸い何処にも発見されず(見落としかも?)その後は私も息子も疲れて爆昼寝してしまいました。帰宅した妻は楽しそうに聞いていましたけど。

パパウ〇チ
我が家は共稼ぎで妻はフルタイムの看護師なので子どもの世話の時間は私の方が長くなり、子どものオムツ交換回数も私の方が多かったのです。
これは妻の方から「あなたの方がオムツ交換は多いね」と言う程なので、別に私がイクメンを気取っているわけではありません。
(この時はイクメンなんて言葉もありませんでしたし。でも子育ては楽しかったですね。)

我が家には二人の子どもがいますが、妻の勤務の関係から土日も私一人で子どもを外に連れ出す事がとても多かったです。

そして様々な場所、時間、どれだけ周りに人がいようが子どもたちが私に遠慮なく言うある言葉がありました。

その言葉とは、

パパウ〇チ!

です。

どんな混んでいる場所でも、食事をしていても無関係にパパウ〇チ攻撃はやって来ます!

慌てて子どもを近くのトイレに連れて行きますが、すぐの場所にないこともあり、お漏らし覚悟で子どもを抱き上げて猛烈ダッシュです!

二人連れている時にトイレに行かないもう一人をその場に残すのは危険なので、「お前も来い!」と言って3人で走ります。

そしてこれらから子どもたちは妻が横にいても、親戚の家でも必ず「パパウ〇チ」と条件反射のように言うようになったのです。

記憶の範囲では「ママウ〇チ」は聞いた覚えがありません。
妻もニタニタ(ニコニコではない)しながら「いってらっしゃーい!」としか言いません。

でも妻が横にいる時でも不思議と手伝えよ!とか思った事がないんです。
自分も気が付かないうちに頭に体に刷り込まれたんですね、パパウ〇チが。

これが自分にとって当たり前の仕事となっていたようです。

 

子育ては大変で、きついですが一度も辛い、イヤだという感情はありませんでした。
別に自分が将来面倒を看てもらおう、看てもらうためにという気持ちも皆無です。

単なる義務感だったのかもしれません。

いつの間にか「パパウ〇チ」と言われなくなると寂しく感じる事もありました。


子ども時代のトイレの事は自分自身、そして我が子を持った時の両方を経験するわけですが、食べる、呼吸をするなどと同じく大切な事であり、軽視してはいけないと思います。

でも大変な事ではありますが、いずれも後々笑って話せることになるのです。

だから自分のトイレのエピソードを自分の子ども、友人たちに笑いながら話しても良いと思うし、我が子の粗相については絶対に怒らず遠回しの表現でも良いので笑いながら対処してあげて下さい。

会話開始年齢前の小さな子どもでもそういう親の愛は必ず通じるものなのです。

困ったなぁ、でも怒らないでね。

 

 

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4 Responses to “子どもの時トイレに行きたくなったら?”

  1. 浜のヨースケ より:

    ノンダクレー様 こんにちは!

    ついに、懐古界の尿道(じゃない)王道の話題が登場しましたね。

    60数年前、僕が幼稚園へ入る前に住んでいた横浜・本牧から市電に乗って横浜駅前の会社へ通勤していた父の目に、憧れの団地「入居応募最終日」の車内吊りポスターが飛び込んで来ました。
    父は小さな鉄道会社のサラリーマンで収入条件が満たなかったため、経理部の知人に頼んで上乗せした書類を提出し、抽選の結果、運よく横浜郊外の庭付き2階建てテラス住宅に入居することが出来ました。
    昭和30年代初頭の団地ブームの走りです。
    ということで、和式の水洗トイレが僕の記憶の出発点ですが、都合の悪い出来事はすべて消し去っていて、幼少時の失敗は何も覚えていません。

    ただ、管理人様同様に、子育て中のエピソードはあります。
    初めて購入した家庭用ビデオで撮影した第1作目が、お腹の大きな妻と3歳の息子と三人で出かけた箱根です。
    大涌谷の駐車場に車を停め、芦ノ湖方面へ山道を下る自然研究路を歩いていたら、レンズ越しの息子の顔付きが急にゆがみ出したので、もしや?と聞くと、尿意でした。正面から撮影せずに、並んで歩いていたら気づかなかったかもしれません。
    勿論、道端で妻が彼のお尻を抱えて放尿させるシーンは撮りましたよ。

    つづいては、伊豆高原の保養所での出来事です。
    妻が赤ちゃん時代の娘を抱っこしながら女湯に浸かり、傍らの洗い場の隅で幼稚園児の息子が放尿している場面が映っています。(何故、僕が女湯で撮影出来たのか不思議なんですが)

    前述のように、ほとんど覚えていない僕のトイレ事情ですが、やはり、夏の海水浴での海中放尿は醍醐味でしたね。でも、水圧のせいで思ったほどの解放感は得られず、股間にジワぁ~とした生温い感触が這ったことを思い出します。

    そんな乏しい記憶の中(幼少時ではないのですが)僕にとって唯一最大の事件が中1生の授業中に起こりました。
    突然襲った尿意でしたが、まだ恥ずかしい年頃で、手を上げて教室を抜け出す勇気も無く、頭の中では「家の者が死んだから帰れ」とかの急用の声がかからないかと、ひたすら救援を妄想しました。
    この時の恐怖がトラウマとなり、それ以降は授業の合間の休憩時間には必ずトイレへ行くようになりました。

    しかし、高3生で受験期に入ると問題が起きました。それまでの学校での授業は45分単位でしたが、大学入試は1科目90分ということを知り、家での受験勉強を90分で区切るスケジュールにしたんです。
    涙ぐましい対策でした。

    まぁ、それが効してキャンパスライフを謳歌しましたが、彼女たちとのデートでは、たびたび僕がトイレを勧めるため「N君と一緒だと(トイレのことで)気を遣わなくて、楽ッ!」と言われてしまいました。

    そんな僕のトイレ事情ですが、今でも、子どものころに入った親戚の薄暗いポットン便所を思い出したり、学校の各階にあったトイレや塩狩の宿の廊下の隅にあった共同トイレのどこが空いているだろうか、という夢をよく見ます。病気でしょうか?

    • kaikoshumi より:

      浜のヨースケ様
      こんにちは。コメントありがとうございます。

      本人の思い出、子供の粗相など様々なトイレの思い出が誰にでもありますが、私が真っ先に思い浮かべるのはボットン便所の恐ろしさですね。

      産まれた家がそうであったことが原因ですが幸い足を突っ込んだとかはありませんでした。

      でも未だにローカル駅、塩狩や和寒もですがボットン便所のままです。駅によっては小用がないところもあり、それでも恐いです。

      お金のないJR北海道にトイレを全て洋式にせよ!は無理ですよね。

      あとトイレとは無関係ですが、伊豆高原には横浜時代の会社の保養所があり何度も行きました。

      今の時代は子供にもトイレの重要性、ガマンしてはいけないなど人間として当たり前の事を教育していて良い時代と思います。

      それにしても伝統文化とは言えボットン便所は無くなって欲しいですが、アジアに出張に行ったときのトイレの衝撃度は日本のボットン便所の比ではありません。

      個室のはずが隣と仕切りがなく、顔を見合わせながら用をする、なんて普通にあります。

      それとトイレにペーパーを流せる国は思いのほか少なく、便器脇のゴミ箱に捨てる国も多いです。
      キチンと蓋が閉まり脱臭効果のあるゴミ箱なんてあまりないのでこういう個室に入った後は食事が出来なくなります。

      まだ日本のボットン便所の方がマシなのかな?

  2. 浜のヨースケ より:

    ノンダクレー様 こんばんは!

    ぽっとん便所ではなく、ぼっとん便所でしたね。訂正します。
    それにしても、あの時代(いや、それ以前の昔も)、我々小さな子どもたちが、よくぞ!ぼっとん便所にしゃがめたものだなぁ~と感心、というか驚きます。
    洋式に腰かけるのが当たり前の今の子どもたちには無理でしょうね。

    余談ですが、3日間の日程で臨んだ大学入試の朝、最寄り駅の国鉄山手線M駅のトイレに入ってしゃがんだんですよ。
    勿論、ぼっとん便所ではありませんでしたが、当時の駅トイレは今ほど綺麗ではなく、大便用を利用するなんてことはなかったのですが、便意をもよおしたわけではないのに、あの朝は、電車から降りると吸い込まれるように個室へ入ってしまったのです。
    すると、何故か落ち着いて入試会場へ行くことが出来たため、3日間続けた次第です。

    臭い追伸でスミマセン。

    • kaikoshumi より:

      浜のヨースケ様
      コメントありがとうございます。
      駅のトイレは首都圏などの大都市でも駅による差がかなりあると感じます。
      全般にはよくなりましたが、でも昔と大して変わらずが多いです。
      同じ「駅」でも道の駅の方がきれいなところが多いですね。

      でもこれでも世界的に見たら日本はトイレが清潔と言われますけど。
      (ボットン便所は除き)

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します妻子持ちの普通のクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道札幌市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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