Sponsored Link

ユースホステルで嫌だったこと

ユースホステルには嫌な思い出もたくさんある

ユースホステル(以下YH)を知らない方が今は殆どだと思います。
名前は聞いたことがある人はいると思いますが簡単に言えば「若者向けの相部屋の安宿」です。

「安宿」なんてあまり良い印象がありませんが、事実「安く安全に旅をしたい」という若者の願いを叶える事から発展して来ています。

ユースホステルについてはこちらをご覧ください。

YHを初めて泊まる人がもっともネックになるのは「他人と相部屋」ということです。
(もちろん男女別です)

当然相部屋ならではの「嫌なこと」はたくさんありました。
でも「他人と相部屋だから」という簡単なものだけではなかったのです。

本記事はYHを知らない方にも様々な場面で共感して頂ける内容がありますのでご一読頂ければ幸いです。
それは例えば「職場」、「学校」、「修学旅行での宿」、「出張先での宿」などの場面でも同様と思います。

ユースホステルでは何が嫌だったの?

YHは先述したように「赤の他人と相部屋」が原則です。しかも消灯や起床時間も決められていますしベッドメーキング(和室の時は布団の上げ下げ)や片付けなども各個人で行わなければなりません。YHによっては部屋の掃除もほぼ強制です。

相部屋だと当然様々な遠慮などもあります。

嫌だったことを箇条書きにしてみます。
しかし特定のYH名を挙げると問題ですし、個人によっても考え方が大きく異なるので一般的なもののみ書くことにします。

お断りしておきますが本記事はYHを中傷するものではありません。
管理人である私は最近ではYHから大分遠ざかっておりますが、過去北海道から沖縄まで300泊以上YHを泊った経験があります。つまりYHが嫌いではなくて大好きなんです。
近年泊まらなくなったのは単純に家族を持ったこと、それ故に様々な制約のない旅をしたいからということです。

 

同室者のいびき、歯ぎしり、寝言がうるさい
相部屋の典型的な事象ですね。家族ならば「またかよ」で済まされてしまいますが、赤の他人でつい数時間前にYHで知り合ったばかりの人であればなおさら不快に感じます。
また自分が大いびきで迷惑をかけていたらどうしよう、という不安もあると思います。

私が23歳くらいの頃に西日本のあるYHで夜中にふと目が覚めるとノコギリで何かを切っているような音が聞こえました。
これだけ聞くと怪談のように聞こえますが、ギリギリと不思議な音が部屋に響くんです。
布団を被って朝を迎えましたが、同室の人が私に声をかけて来て「あの端のベッドの下段の人、一晩中歯ぎしりがひどかったね」と言うのです。

この音は歯ぎしりだったんですね。この時生まれて初めて歯ぎしりの音を聞きました。想像以上の大きな音に驚いたのを思い出します。

他にもいびきが一晩中とか、真夜中に「〇〇してください!」などいきなり大声で叫ぶ人などもいてこの時ほど相部屋のデメリットを感じたことはありません。

施設と食器が不潔
だいぶYHには泊っていないので最近の施設は分からないのですが、「いくら安くてもな」と思うYHも数多く経験しました。
建物が古いのは仕方ないし我慢できます。しかし掃除をしない(と思われる)、ゴミを片付けていない、食器に汚れが残っているなどは急にテンションが下がってしまいます。

YHの掃除は基本的にヘルパー(以下H)と呼ばれるアルバイトの住込みの人が行います。
管理者はペアレント(以下P)というのですが、Pさんが掃除をやるかというとYHによって非常に大きな差があります。

個人経営で自分の家も兼ねているYHのPさんは比較的Hさんに比べて自ら掃除をやる傾向が強いと思いますが、公営(市営、県営、YH協会直属経営)だと「自分のものではない」、「俺は雇われているだけ」という気持ちがあるからなのかは分かりませんが、公営で立派なYHの方がPさんは一切掃除はしない、行き届いていないことが多かったように思います。
もちろんすべてではありませんよ。

ベッドと食器が汚いのは最悪でした。

ベッド(和室は布団)が汚れているというのは比較的少なかったのですが、問題は布団や枕がかび臭い湿っぽいという事はけっこうありました。

一般のホテルや旅館のように定期的に布団や枕をクリーニングに出す、天日干しするなどしていればこのような事は殆ど無いはずですが、多くのYHではそういうことはまずしませんでした。(最近建ったYHは違うかもしれませんが)

でもシーツだけは話しは別となります。なぜならばYH利用時にはスリーピングシーツという特殊なシーツを1泊(又は連泊中)100円程度で借りるか、自分で持参してそれを使うのです。

スリーピングシーツは袋状になっていてそれに体を入れて寝ます。枕の部分も袋状ですのでそこに枕を入れれば枕カバーになります。

しかしごく一部のYHでは貸し出すスリーピングシーツは一切洗濯をせず、シワシワだったらアイロンプレスをかけてまた貸し出すという不衛生な事をやっているところもありました。

こういうところは布団もまずクリーニングや天日干しをするなんて絶対にしません。
つまりベッドに何年も、10~20年以上も引きっぱなしです。このような事実を宿泊者が知らなくても何となくかび臭いなどで気が付きますので、こういう部分でもYHから人が離れて行った一因でもあると思います。

 

食器に関してはごく一部の例外のYHを除いて「自分で使った食器は自分で洗って片付ける」のがYHですから、「金払って泊ってなんで食器洗わされるんだよ!」という人が必ずいます。つまり汚れをきれいに落とすなんてしない人もいるわけです。そういう食器で食事出されたら一気に食欲など失せてしまいますね。

最近は自分で食器を洗わなくてよいYHが増えてきたと聞いています。それがYHを経験するという側面から良い事なのか良くない事なのかは私には結論が出せません。



常連が蔓延っている
YHを何泊か泊った事のある人だと「YHの嫌な思い出」としてはこれが一番嫌な事だったかもしれません。
少なくても私はそうでした。

私も何ヶ所かの某YHでは常連組だったのですが、常連と言われる連中にも「良い悪い」があります。
多くのYH経験者が恐らく同じことを言うと思いますが概ね以下のような事です。

良い、または無害な常連
初めて来た人でも男女問わず気軽に話しかけてフレンドリーな関係を自ら作ろうとする常連。
誰にでも分け隔てなく親切。

悪い常連
常連だけで固まっていて初めて来た人や、たまにしか来ない人は受け入れない。
具体的には「一切口を利かない」、初めて来た人が質問して来ても無視か嫌な顔をしてしぶしぶ答える、常連同士では「酒が入っているのか?」と疑いたくなるほど大きな声で喋りまくり、「このYHは俺たちだけのもの」的な感じがする常連。

→経験のない方だと「こんな奴いるの?」と疑いたくなると思います。
でもいるんです。というかいたんですよ、YH全盛時代には。
さらに信じがたいことをお伝えすれば、これらの悪い常連組は新たにYHに泊まりに来た人に対しても女性とは口を効いて親切なんです。

それどころかえ~!明日そこ泊るの(行くの)? 奇遇だね、一緒に行こうよ!という定型文をすぐに口にする人が多かったですね。

奇遇だね、なんてもちろんでっち上げです。気に入った女の子にはこの「定型文」を浴びせるのです。
女の子の方は人によって対応はマチマチですが、旅に出た開放感からかあっさりOKを出す人もいたようです。

そして翌日一緒に行動をして写真撮りまくって「帰ったら写真送るよ。住所教えて!」となるわけです。
(↑これで撃沈される人も多いが)

でもこの「悪い常連」は女の子との一緒の行動がある程度済むとまた入り浸っているYHに戻るんですね。

誤解無きように言いますが私はさすがにこれはやったことがありません。
そんな器用な人間ではありませんからね。
ただ横で見ていて不快だったことだけが頭に残っています。だってこの「悪い常連」は男の私が話しかけたりしても徹底的に無視または不愉快な顔をするという事を散々してくれましたからね。

こういう「悪い常連」タイプってYHに限らず様々な場面でいますよね?学校でも職場でも。
しかも今の時代でも。男から見ると気持ちが悪い、と感じます。

嫌な奴に慕われる
YHでは他人と相部屋というデメリットと同時に知らない人と知り合いになれる楽しさ、時に一生の友人になるかもしれない人とも出会えるというメリットもあります。

そしてそのように仲が良くなった人と旅の途中で別のYHや駅でばったり再開したり、帰宅後に東京で飲み会をやったりなどの楽しさも経験することもあります。

しかしこちらからは「こいつ苦手なタイプだな」と思う人に慕われることもたま~にあります。
慕われるというのも変な言い方ですが、男どおしでも旅の開放感からちょっとでも出身地や趣味が合うと異常に馴れ馴れしく話しかけてくる人もいます。

まあ趣味などの話しで盛り上がってそれがきっかけで善き友人になれればよいのですが、例えば「気持ち悪いくらい食いついてくる」、「こちらが望んでいないのに『明日僕の予定変更して合わせますから一緒に行きましょう!』などと一緒に行動したがる」など鳥肌もんの人に遭遇してしまうこともあります。

私も300泊以上もYHに泊まりましたから何度かこのような経験があります。

殆どがさらっとかわしてしまう事が多いのですが、趣味とか同郷だとかではなくて途中まで列車が同じという人がいました。前日同じYHに泊った人です。

列車に乗る前か途中の乗り換え駅だったか、いずれかの駅前喫茶店に一緒に入ったんです。
列車待ちの時間がたっぷりあったからです。

その人はコーヒーを飲みながら旅の話しなどをするのならばともかく、やたらと普段の生活の中での女関係の話しをずーっとするんです。

それも喫茶店のように多くの人が隣の席にいるような場所で話す内容ではない話しを自慢げに話すんですね。

そして何を思ったのか私に「予定変更しようかな? ○○さん(私)は今夜XX-YHに泊まるんだよね。俺も行こうかな?」と言い出したんです。

散々聞かされた不快な女性関係の話しの止めが「同じYHに泊まろうかな?」なんてこれじゃこの旅は全てが台無しです。

昨夜あったばかりの人に公の場である喫茶店で声を荒げて「お前気持ち悪い。どこか行け!」とも言えませんが私と同じYHに変更されるのも嫌なので私は「実はですねXX-YHに泊まるのやめようかなと思っていて、ちょっと遠いけどYY-YHにしようかとも思っているんです」と言ったんです。

この気持ちの悪い人の明日以降の予定も何となく聞いていたので、YY-YHだったらこの人の明日以降の予定が大きく狂ってしまうので多分来ないだろうと。

案の定「YY-YHだと無理だな。じゃあ俺は予定通りZZ-YHに一人で向かいます」と言ってくれました。

駅からは別方向の列車に乗り別れることが出来ましたが、私の目的地のYHにその人が急遽来たらどうしようとちょっと不安でした。

幸いその人は来なかったし住所を教えていなかったので連絡もなくホッとした旅となりました。

本事例も一般社会で多々あるのではと思います。
仮に相手がすごい美人・可愛い女の子であっても性格や言動が非常にヤバい、となるとやはり逃げたくなりますよね。

会社、学校でも多かれ少なかれは誰でも似たような経験もあるかと思います。


本記事は私が経験したごく一部、わずかな部分です。
これらはYHからしばらく遠ざかった今、そして家庭を持っていい年したオッサンになると懐かしく笑いの種にもなる話しばかりです。

しかし特に最後のストーカー的な経験は決して懐かしくは思いませんし、今後も二度と経験したくありません。

でもこれらの経験が昔のYHの旅であり、自分の人生の一ページだったのかな?とは思います。

スポンサーリンク


6 Responses to “ユースホステルで嫌だったこと”

  1. 浜のヨースケ より:

    管理人様 こんにちは!

    久しぶりのユースホステル(YH)記事の登場で、その世界の端くれに身を置いた者として、ひとこと寄せさせていただきます。

    僕がYHを知ったのは1960年代後半の中高生時代です。手元のハンドブックには、69年の会員数が50万人を突破し、ホステル数は570ヵ所と記載されています。
    友人と旅に出たり、一人旅をした折、「ホステル管理者(ペアレント)の指導のもと、規約に従って行動する」YHは、まだ歳若かった僕には安心な宿泊施設でした。
    さらに、「友愛と奉仕、秩序と規律」という青少年育成のYH活動に共感したのです。

    ということで、当時は、本記事にあるような嫌な場面には遭遇せず(子どもだったので、気づかなかったのかもしれませんが)、同宿した大学生のお兄さんやお姉さんたちとのふれあいで一人旅の心細さを消すことが出来て助かりました。
    また、あのころは、純粋な若者の旅人がYHを泊まり歩いていた時代だったと思います。

    でも、その後はYHを利用する人々の質が変化、多様化して、管理人様が経験されたような場面が増えたのでしょう。
    中でも僕が一番苦々しく感じたのは(不適切な表現かもしれませんが、実際にそう呼んでいたので)「気違いユース」と呼ばれた、ひたすら大騒ぎをするYHの存在でした。

    本サイトの他ページで吐露しましたが、僕は大学生時代の70年代半ばにヘルパーをしたことがあり、この記事にあるようなYHの裏事情の指摘には耳が痛いのですが、少なくとも、バカ騒ぎとは無縁のホステルを心がけた次第です。

  2. 浜のヨースケ より:

    (14日に送信しましたが、不着のようなので書き直します)

    管理人様、こんにちは!

    久しぶりにユースホステル(YH)の話題が載ったので、その世界に少し足をつっこんでいた身として、ひとことを寄せさせていただきます。

    僕がYHを知ったのは、1960年代後半の中高時代です。当時のハンドブックには、69年の会員数が50万人、全国のホステルは570ヵ所と紹介されています。
    中高生にとって、友人との旅や一人旅での宿泊先は重要な課題でしたが、「私たちは、簡素な旅行により未知の世界をたずね、見分をひろめよう」という誓いの言葉と「奉仕と友愛の精神」「秩序と規律」といったYH活動に共感し、利用させていただきました。

    ただ、本稿にあるような嫌な体験の記憶はなく(子どもだったので、気付かなかったのかも)、同宿した大学生や社会人のお兄さん、お姉さんたちとのふれあいで、一人旅の心細さをカバーしてもらい貴重な思い出となっています。
    あのころのYHは、純粋な旅人が泊まっていた時代ではないか、と。

    そして僕も歳を重ね、YHも変化していく中で、管理人様と同じような場面にも遭遇しましたが、一番苦々しく思ったのは(表現が不適切ですが、そのように呼称していたのでご容赦ください)、大騒ぎをする何軒かの「気ちがいユース」でした。
    勿論、僕は泊まりませんでしたが、前述したYH活動の本筋からは逸脱していたと思っています。

    以前、別稿で僕がヘルパーをしていたことを吐露しましたが、今回の記事にあるYHの裏事情への指摘には耳が痛いです。
    でも、懐かしいYHの世界を振り返ることが出来て嬉しく、感謝しています!

  3. 浜のヨースケ より:

    (補足します)

    「気ちがいユース」とは、70年代半ばに一部でもてはやされたYHで、僕がヘルパーをしていた北海道でも何か所かが有名でした。

    ヘルパーやヘルパー補佐的な常連たちが仕切って行うミーティングは歌あり踊りありの大騒ぎで、ホステラーが旅立つ際には大声で旗を振りまいてのお見送りなど、当時の旅人がそれを欲していたのかもしれませんが、僕は受け入れられませんでした。

    • kaikoshumi より:

      浜のヨースケ様
      コメントありがとうございます。
      北海道に限って見ても1990年以降に建設されたユースばかりになってしまい昔のものは殆どありません。

      建物がそのまま残っていて今も宿泊施設に使われている所もあるにはありますが(一例として札幌ハウスとか)、ユースホステルでは無くなってしまい単なる若い人たちの団体向け、研修施設になっています。

      まあ時代の変化で昔を思い出してみると、とても今の時代、人たちには受け入れられないと思います。これは悪いことではなくて時代の流れです。

      それと私がユースに染まりだしたのは14歳頃ですが、14〜20歳くらいのときに一番たくさん泊まっていました。
      騒ぐのが好きなので馬鹿騒ぎミーティングは好きでしたね。

      でも静かにお茶を飲むだけも捨て難かったです。

      ミーティングで嫌だったのは馬鹿騒ぎ、静か無関係に無理やり参加とか、北海道は殆ど無かったですが、ペアレントがミーティングの場でホステラーに説教するとかは不愉快でした。

  4. キュア梅盛 より:

    以前にも書きましたが、大学の時の北海道ツーリングの際に札幌ハウスYHで集合しましたが、そこで友人と先輩から聞いた「小机と中山の間の駅名と同じ名前(字は違いますが)のYH」でひどい目に遭った(疲れて寝てる所をヘルパーに無理やり叩き起こされてミーティングに引きずり出された。そこは「キチガイYH」と呼ばれていた所ですからちゃんとリサーチしなかったのが悪いですが・・・)という話と言った様にちょっとイタ過ぎるヘルパーのやらかしがあの頃は目立っていましたね。

    自分のブログでも書いていますのでご参考まで。
    http://blog.livedoor.jp/k1200lt01/archives/54870174.html

    • kaikoshumi より:

      キュア梅盛様
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      サイトも拝見しました。バイクのツーリングがお好きなんですね。
      今北海道はバイク連中が急激に増えてきました。また先週旭川・美瑛方面に行きましたがレンタカーの数も尋常じゃないです。
      札幌市内もキャリーバッグを持った旅行者があふれています。GW終わった後なのにです。

      さて「小机と中山の間の駅名と同じ名前・・」ですか。実はその間にある駅が最寄り駅の会社に私は四半世紀勤めていました。
      だからよく知っています。その駅が今の駅舎になる前のぼろくて汚い時の駅舎も知っています。だから懐かしいですね。

      北海道に限らないと思いますが「ミーティング強制参加」はあちこちであったようです。
      私は騒ぐのも静かにお茶を飲むのも両方好きですが「強制」は嫌です。あれは単にYHの質を落としているだけですね。

      まあもうYHも泊まらなくなりましたし、そういう騒ぐYHも北海道では桃岩だけ(現存)ですので遥か昔のことになってしまいました。

      ご訪問ありがとうございました。またお越しくださいね。

コメントを残す

サブコンテンツ

管理人について

管理人

こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します妻子持ちの普通のクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道札幌市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

スポンサーリンク

このページの先頭へ