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嫌だった昭和時代の慣習

振返る嫌な昭和の慣習と憂さ晴らし

 

年齢無関係に昭和時代を経験した人は様々な「イヤだった慣習」を経験されているはずです。
平成、令和生まれの人だって毎日嫌な思いをすることはあるわけですが、本記事をお読みになれば

え!これって昭和時代の名残なの!」

と驚く事が多いと気付くかと思います。

本記事は単に昭和を懐かしむだけではなくて、「とても嫌だったので思い出したくもない」、「今でもしょっちゅうあることでウンザリしている」なども含まれています。

なのでお読みになると不愉快になる部分もあるかもしれませんが、それよりも「読んで憂さ晴らし」「本記事を通じて多くの方々の共感を得てスッキリしよう!」というのが趣旨であります。

 

ちなみに私はバリバリの昭和生まれ・育ちですが、幼少の時から「これは嫌だな」と思う当時の慣習をたくさん経験しました。

そして当時も今もそれらの慣習は嫌で嫌でしょうがなく、その都度結構反発していました。
だから出世できなかったんですけどね。まあ嫌なものは嫌なので。

では憂さ晴らしも兼ねてお読み下さいませ。

昭和は結局どういう時代だったのか?

まるでこの題名↑は歴史の勉強なのか? 大層重たい話題になるのか?と感じてしまいそうですが、そうではなくてさらっと流してみます。

様々な激動があった・・・ なんて話しは別途歴史の勉強をして頂くとして私の考える昭和は以下ではなかったのか、と思うのです。

●昭和~令和に至る時代の中でもっともあらゆるものが進歩し、変わって行った時代が昭和である。
身近な家電などはもちろん、都市景観なども。インターネットや薄型テレビは平成からですが、今と昭和の最後の方を比べてみると、ネットや携帯電話、パソコンなど一部除き殆ど変わっていないことに気が付くはずです。
つまり令和に至っても生活基盤などは昭和にほぼ完成されていたのです。

●人間同士の関係なども昭和に構築された。
これは断言できます。昭和ではぐくまれた人間関係の基礎が令和になっても変わらず引きずっていることが多いのです。
令和になって大きく変わったという部分は、コンプライアンス重視とハラスメント禁止という部分くらいなのではないでしょうか?

つまり本記事を書いている令和8年になっても特に人間関係の殆どは昭和に構築されて今も続いているのです。

昭和時代にはどんな嫌な慣習があったか?

では昭和時代に誰もが知るような嫌な慣習、令和の今にも続いている慣習を思い出してみます。

●上司と食事に行くと同じものを強要される!
   ここでいう食事とは仕事後や休日の飲み会ではなくて、上司らと一緒に公用外出したり、出張先での食事を言います。
殆どの場合さっさと食事を済ませて一刻も早く取引先などの元に向かう必要があるでしょうからのんびりとランチを食べたり、名物店の行列に並んだりすることは殆ど出来ないでしょう。

そういう時に部下や周りに配慮の無い上司は、

【みんな同じもので良いよな!その方が全員分早く出きて来るから!】

という人がよくいて、こちらが同意するかしないかの時間を与えず既に注文済みとなっていました。

 

正直これにはウンザリでしたね。一緒に行った同僚が「僕はXXXが良いんですけど・・」と小さな声で言ったのですが、「一人だけ違うものだと時間かかるだろ!」と取り合ってくれませんでした。
好き嫌いや場合によってはアレルギーの問題もあるとは思うのですが・・・。

また何かのテレビ番組で大分前に見たのですが、この件を取り上げていて複数の飲食店にインタビューしていましたが、どの店主も、「よほど手の込んだメニューを頼まなければ例えば麺と米飯別々のものを頼んでもさほど提供時間は変わらない。だから気にしなくて良い」と言っていました。そんなものなんですね。

●出張先で全員同じ部屋にされる!
   修学旅行じゃあるまいし、男女別同室になぜ泊まらなくてはいけないのか? 前述の「同じ食事」の数十倍苦痛でした。
いびきや歯ぎしりをする人もいる、消灯時間なんて人それぞれ、同性だけの部屋でも着替えは見られたくないなどプライバシーの基本中の基本が無視されていました。

また大浴場のあるホテルならばともかく、一つしかない浴室とトイレを交代で使わなければならない、ユニットバスだったら最悪です。トイレはロビーなどの共用スペースのものも使えますが、いちいちそこまで行くのが面倒くさいです。

本件は現在では相当数減ったと思います。それはプライバシーに対する意識の変化の他、出張で泊まるようなホテルは多くの場合ビジネスホテルでしょうから大勢で一部屋という部屋の確保が難しくなっているからです。

しかし数度経験しましたが、やはり苦痛中の苦痛でした。
上司の言い分は「一部屋にまとめた方が料金が安い。それに色々と伝達事項などの面でも良い」とのことでした。

実際には大部屋一部屋だからと言ってトータルの価格はそれほど大きく変わらないんですね。
だから無理して大部屋にする必要もなかったんです。

しかしある出張の時に「ざまあみろ!」と思う事がありました。
課長と私含めて6人くらいで広い和室に泊まることがあったのです。確か3泊で部屋を予約したのは課長ではなくて、その下の主任とかでした。
全員で夜まで一仕事終えてからチェックインしたのですが、部屋を見た途端に課長が「え~! 全員ここで寝るのか! 止めようよ、1人一部屋に変えてよ!」と言ったんです。

予約をした主任は「全員同じ部屋の方が安くなるし意思疎通でも良いと思いました」と言ったら課長は「寝る部屋くらいプライバシーとか考えろよ!」と言いシングル6部屋にしろ!と命令したのでした。
主任はしぶしぶフロントと掛け合ったのですが空き部屋が無くて結局3泊全員同じ部屋に寝ることになりました。

この時の課長さんは大部屋で寝るのがよほど嫌だったらしく「俺はちょっと飲みに出かける」と言って一人で夜の街に繰出して行きました。課長が何時に戻ったのかは分かりませんが、部屋に戻ったらすぐに入眠出来るように遅くまで飲んでいたみたいでした。
こういう課長さんが部屋の予約や予約の指示を出してくれれば良かったと今も思っています。

●昼休みや午後の授業になっても給食を食べ続ける!
どういうことかと言うと給食のおかずに嫌いなものが入っていても先生が「食べ物を無駄にしない!」と言って完食するまで昼休みだろうが午後の授業が始まっていても完食を無理強いさせるというまさに拷問でした。

さすがに体育館では、はないですけどね・・・

 

先生側から言わせれば「教育である」という事なんでしょうが、私が幼少期であっても先生サイド、親サイドともに賛否両論があり、普段恐い先生でも「これはやってはいけないことである」と強く主張するまっとうな考えの先生もいました。

当時でさえ「食べられないものを無理に食べる必要はない」という先生も割と多くいたのです。
これは現在では絶対に許されない人権蹂躙であり、人により食物アレルギーを起こして重篤な症状、最悪は死に至ることもあります。それほど食物アレルギーは恐ろしいのです。

またアレルギーがない、好き嫌いが無い子どもでも極めて小食の子どももいます。
今の時代は恐らく教育委員会通達とか何かで「無理して食べさせないこと」などの運用になっていると思いますが、その運用に従っているにせよ個人的に「食べ物を粗末にするな!俺の時代はな・・・!」という教師もいるとは思います。

無理なものは無理、そんなことしたら子どもたちが可哀そうです。健康や命にも直結しますし。

●仕事とは結果よりも残業時間の長さが重要である!
労働に関する環境や意識などはここ5~10年という短期間で急速に変わりつつありますね。(令和8年基準で)
それはワークライフバランス、効率よい仕事、休暇をしっかりとる、コンプライアンスを守る、ハラスメントの追放など多岐に渡りかつての日本では考えられないほど短期間で変わって来ました。

しかし一部の会社では運用が時代に対応していてもその時の上司のさじ加減でどうにでもなっていて、相変わらず旧態依然の日本式ブラック企業/職場がたくさん残っているのも事実です。

それらの中で私が真っ先に挙げたいのは残業時間の事でした。
本来残業はどうしても期限までに終わらない時にするものであり、日常的に或いは残業前提の日程を立てるべきではないのです。

しかし上から命令されなくても若い人でも進んで残業をする人も多かったんです。
それは少しでも多くの仕事をやってスキルアップをしたいという人もいれば、生活費稼ぎも多かったですね。
それ以上に困ったちゃんは一人暮らしなどで「早く帰ってもやることない」、「休日もやることないので出勤する」という人もけっこういました。

↓壁の時計の時刻と社員の目元に注目

私のある上司はそう言う人=仕事でやむなくでなくダラダラと会社に残っている人、を高評価していました。
私は残業が大嫌いだったので最低限の残業で極力早く帰っていたのですが、私や他の年配の方でもそう言う人は個別に課長から呼び出しがあって「残業が少ないんだけれど仕事は大丈夫か?」とか「残業が少ない割に有給が多いのは問題では?私はみんなに有給を取らないように指導しているんだよ。」と言われました。
特に後者の有給に関することは完全に労基法違反ですからこっそり労組に言いつけたら後日その課長は労組の支部長と面接したそうです。それ以来有給については言わなくなりましたけど。

そしてその課長は「俺は若い時は毎月100時間超残業をやって毎日終電車だったよ!ハハハハ!」としょっちゅう自慢していました。って言っている割に「バスが無くなるからお先に」なんですが。

極めつけは職場の個人別残業時間を棒グラフにして張り出していて、「もっと残業をやれ!」と葉っぱをかけていたのです!
普通に考えればそのようなグラフを作るのは「残業時間を短くさせる為」だと思いますし、それ以前にそんなグラフを作ること自体異常だと思います。それに残業というのは会社の経費なので多いほど会社に損失を与えているわけなんですけどね。

その課長は結果はあまり求めません。とにかく残業時間の長い人を評価していました。

以下のような感じです↓

世界的にも残業が多い国は日本の他、韓国や中国など一部の国だけであり、ほとんどの国は定時で帰って当たり前。
ドイツとかのように残業はほぼせず、所定内時間も日本よりはるかに短いのに生産性が日本よりかなり高い、という国はたくさんあります。近年日本も残業時間が激減して来ましたが、それでもまだまだ時間に対する労働生産性は低いのが現状です。

死ぬまで働く、会社の為に長時間働けば結果的に自分、そして家族の幸せに帰って来る、なんて未だに信じている人が多いのが不思議でなりません。ちなみに「過労死  KAROUSHI」という言葉は世界の主要国では通じる言葉になっているそうです。

また一言添えさせていただくと、残業時間のように日本社会はどうしても「皆やることが揃っている」のが未だに重要みたいです。つまり残業時間、有給の消化日数(少なければ少ないほど良い??)なども各個人で大きなバラツキがあってはならない、という変な集団主義的な考えですね。

●会社の運動会と社員旅行
令和8年現在で会社全体で運動会をする会社はどのくらいあるのでしょうか?
或いは社員旅行や日帰りレクも同様に。

学校ならばともかく社会人になってまで運動会をやる必要が分かりません。
体力作り?社員のコミュニケーション? 30半ばも過ぎれば体が思うようにならなくなることも増えて来ますが、それでも休日まで嫌な上司や嫌な同僚と顔を合わせて運動会とはあまりにも酷だと思います。

恐らく現在は全国的には激減していると思います。
これは会社が出す費用の問題も大きい事でしょうし、なかなか休日に「絶対参加しろ!」とは言えない風潮になって来ています。

運動会や社員旅行がどこも当たり前だった時代は、一部の企業(大手含む)ではこれらに参加するしないで査定の評価に影響するという会社も結構あったようです。
酷い場合だと「用事があって日曜日の運動会出れません」と言うと上司から「仕方ないがでもこれがどう影響するか分かるよね?」なんてこっそり言われた人もいると聞きました。

現在でも運動会や社員旅行が皆無になったわけでは無さそうなので、止めたくても止められない一大イベントとして細々と残って行くのでしょう。

 

↓こんなのはうんざり、お偉いの長い挨拶もバカらしい・・・

 

●大人による人権無視の決めつけ
あなたは幼少の頃に親や他人の大人から自分の本位でないことで一方的に決めつけられて不愉快な思いをしたことがありませんか?

例えば以下のようなことを言われたとか。

・お前は末っ子だから甘い考えでダメなんだよ!
・兄弟がいない一人っ子だから甘えているんだよ!
・え?あの地域の出身なの?だから頭や性格悪いんじゃないの?
・両親が共稼ぎって、つまりお前の家は貧乏なんだね。
・片親なの? どうりで陰気で性格悪いと思ったよ。
・食べ物の好き嫌い多いね。つまり家が金持ちのブルジョアだからお前の好きなものばかり食卓に並ぶんだな。我がままな野郎だ!

などなどキリがありません。

知合いで「一人っ子だから・・」を会うたびにある年配の人に言われ続けて大人になってもトラウマになった、なんて人もいました。
「一人っ子」がまるで悪い事みたいですし、親が「子どもは一人だけで良い」と望んだ結果だったのかもしれないし、或いは2人以上欲しかったけど恵まれなかったのかもしれません。
人権無視、いやそれ以上にこんなことを言うのは「人としてどうなのか?」と思うレベルです。

また「片親」について言及するというのもやはり「人としてどうなの?」と思います。
人の数=人それぞれの人生・暮らしがあるわけだから個人の事情に言及するのはどう考えてもおかしいし、言っている人が「私は極めて民度の低い非常識人間です」と自ら認めて言っているのと同じです。

しかし40年か、それより少し前は某業界では新卒は片親の家庭の人は採用しない、という暗黙の決まりがあったそうです。
流石にここでその業界名を書くことは出来ませんが、知っている方もいらっしゃるかもしれません。

 

現在の日本の人権に関する国際的ランキングは先進国中では決して高い方ではないかもしれませんが、それでもここ数十年かけて日本の人権に関する意識は大きく改善されて来たというのも事実だと思います。

 

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します妻子持ちの普通のクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道札幌市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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