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夏休みの宿題

子どもの思い出がたくさんつまった夏休み

どんな世代でも殆どの方は夏休みが幼少期の一番の思い出ではないでしょうか?

夏休みが来るのが嬉しくて仕方なくて、「あと〇日!」とか数えていましたがでも終業式直前になるとちょっと憂鬱になるんです。

それは【宿題】でした。

暑い夏、長い休みを楽しむんだから宿題なんて出さなくてもいいのに、と毎年思いましたね。

でも大人になれば良い思い出ですが、当時の当の本人としてはたまったもんじゃない!と思う事もいろいろ・・・。

 

↓宿題よりもこっちが大事!(子供はビールは無しだけど)

小学1年生はあさがおの観察から

やはり全国的にも(恐らく?)定番のあさがおの観察から小学校最初の夏休みはスタートですね。

栽培キットを終業式前日くらいに受け取って、帰宅後すぐに種を植え水をやって・・・。

生まれて初めて命の不思議を感じ取った毎日でした。

綺麗な花が咲くのが嬉しかったですが、毎日の日記はちょっと苦痛でした。

私は絵が下手でしたからね。

しかも毎日とは、トホホと子供心に感じました。

関連記事: あさがおの観察

でも数十年経って私の子供も同様の経験をしているのには感動しましたけど。

あと1年生ではなかったかもしれませんがオジギソウの観察もありました。

関連記事: 大好き!オジギソウ

一番苦痛だった夏休みの宿題は?

やはり日記でしょうか?

1年生はあさがおの観察日記だけだったと思いますが、2年時以上は通常の日記を書いたと思います。

しかも「分かりやすいように極力絵も入れて」と先生に言われて、「こりゃ参った!」と思いました。

 

↓毎日こんなに楽しいネタがあれば苦労しない・・・

あと私は物心ついた頃から毎年従姉妹たちと葉山(神奈川県)の海の家に行っていたのですが、このイベントが1年で一番楽しみにしていたのです。

でもこの間も絵日記を書かなければいけないんですね。

海で泳いで疲れて午後は昼寝して、夜は砂浜で花火という夢のような3日間を送る間も「書け!」とはひどすぎです。

海の家に絵日記帳を持って行っても遊び疲れてそれどころではなかったので、結局帰宅後に3日分書いたりしていました。

参考記事: 葉山 御用邸前の海の家(現:Nowhere but Hayama)

夏休みの自由研究

夏休みの定番中の定番、自由研究です。

これも正直毎日の日記と同じくらい苦痛でしたが、一度やってしまえば毎日やるものではないので多少は気楽でした。

何を「研究したか」ははっきり覚えていませんが、昆虫採集や虫や植物の生態を調べたりしてまとめた記憶があります。

 

でも虫の生態と言ってもアリだったのです。

穴から出て来る無数のアリを見て、「こちらの穴からは100匹くらい出て来た。隣の穴からは80匹くらい」という内容でした。

学校側(先生)からすれば事細かい科学的な成果を期待しているのではなくて、観察する力を付けて欲しいという願いを自由研究に込めていたのですね。

だから上記のアリの観察でもOKかな?と。

そして新学期が始まると自由研究の発表があり、これも苦痛でした。

単に教室の後ろのロッカーの上に並べておくだけならば良いのですが、その並べる前に各自の発表をさせられるのですからたまったもんじゃありません。

でも今も昔も自由研究をきちんとこなすのはやはり女子で、男子で「さすが!」と思わせる結果を出すのは学級委員クラスの一部の優等生だけのようです。

我が子の学校の夏休み明けの授業参観を見るとつくづく「変わっていないな」と思います。

 

色々とあった、いやあり過ぎた幼少期の夏休み。

我が子の夏休みを見ていると自分の時と重なり、懐かしくそして微笑ましく思えます。

本当に幼少期の夏休みは宝であり、大人になっても元気をくれて勇気づけてくれる思い出だなとしみじみと思います。

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2 Responses to “夏休みの宿題”

  1. はじめっち&ゆたか&みならいかのん&つるみん より:

    メルマガだかマルガリだか知りませんが、
    宿題代行業が禁止されたとかどうとか・・・
    こんなのなくて当然だと思いますが、業者も業者なら
    依頼する親(保護者?)も親、
    宿題なくせばいいんだけど(教職員はなくしたいはず!)、
    一部は「教育者の怠慢」とか、それでいて出した宿題委託されちまった暁には、
    いくら「皆様の税金で養っていただいてるサービス業の私たちです!」とはいえ、
    ばかばかしさ、むなしさを感じるものでしょう。
    夏休みの宿題ほど、むなしい・無駄なものはなかったような気がしますが、
    やってかなくて、2学期早々廊下に立たされてたり、
    終わるまで居残りだったのは、自分が悪いのだと、
    甘んじて受けてました(文句は言ってたよ!)が。
    今の子ども・親(保護者)にはそんな気持ちや罪悪感
    みじんもないんだろうなーーーっと!
    ・・・親の権利権威主義がガキを歪めるですはじめっち

    夏休みの宿題は、子どもだけがやるものではなく、
    (今の時代は、いやむかしも)親と一緒にやるものではないかと思うっす。
    そう思ったきっかけが、むかしバイトでやった、
    「釧路長崎屋の夏休み工作・自由研究作品展」の搬入・展示・撤去・搬送作業す
    (時間があれば期間中の監視も・・・文化会館とかじゃないとこがおもしろいだよ!)
    展示の後、市教委や図工・美術教員にうちらバイトも加わって、審査っす。
    自分らは「子供が一人で作ったものが『優秀賞』さ
    選ばれる」のかとばかり思っていたのっすが、
    お偉い人は、それらも判ったうえで、明らかに親が3分の2は作ったであろう作品も
    〇〇賞を付与してるのっす。自分は「教育」ってば、何かわかんないから、
    それとなく聞いてみたら、「夏休みは、親との触れ合いの中で楽しい時間を
    過ごすかが大切なもんで、自分一人で解決できる力も大切だけど、
    楽しい思い出を作品という形にしたものは(見に来た親にもわかってもらいたいなと)
    賞をあげてもいいのかなって、思いますよ」
    「親が忙しかったりいない子は?」とは聞かなかったすが、なるほどっす!
    先公も夏休みの宿題については、仕事のノルマとしてだけではなく、
    うちらの及びもつかないこと考えてんだなっと少しは見直したりしたのす。
    見に来たたくさんの不特定の親子はどう思ったかは知らないっすが…
    ・・・きっと「うちの子のほうがうまいのにぃ!」っすゆたか

    日記と読書感想文はうるとらちょー苦痛でした。
    大人になってからも、「読書」も「日記」も大嫌いに育っています。
    国語の教育課程の中で、「読書」「日記」「観察ノート」「自由研究表現」の単元は、
    なにをもくてき何を目的にしていたのかわかりません。
    ・・・たくさんの「教育漢字」を学ばせるためだけの単元だったりして…みならいかのん

    あたいはむずかしいことはよくわかんないけれども、
    立派な発表する優等生も、けっこう親に手伝ってもらってたりする(らしい)のだ。
    もっとも、今じゃ自由研究の表現方法や小学生に認められた研究分野たくさんあるから、
    ビデオ使ったり、スライドにしてみたり、
    オタク趣味的なものも堂々と発表できたりするってもんなのだ。
    ・・・あたいは夏休み中宿題なくてもいい派なのだつるみん

    • kaikoshumi より:

      はじめっち&ゆたか&みならいかのん&つるみん様
      コメントありがとうございます。

      子供の夏休みの宿題とは単なる「イベント」だと思います。
      これが始まった頃(大昔?)は多分「夏休みも勉学の習慣を忘れないように」という主旨だったと思うのですがいつの間にかイベントになったので「宿題代行」なんて馬鹿げた連中が出てくるのです。

      夏休みの宿題はあっても良いとおもいます。
      勉学というよりもイベントと私は思っていますので。
      まあ程度問題、とだけ言っておきましょうか?

      またお出でくださいね。

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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