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塩狩温泉ユースホステル跡(2019年10月20日現在)

塩狩温泉ユースホステル跡地(2019年秋)

 

以下の記事を最初にご覧ください。

塩狩温泉ユースホステル(北海道)


本年(2019年)10月20日に塩狩温泉ユースホステル(以下、塩狩YH)跡地を訪れました。

ずっと更地でしたが、少々変化が見受けられます。
それは和寒町の植樹が行われている、国道40号線側にコンクリートのゲートのような構造物が出来ているなどです。

特に植樹は平成30年度と書かれていますので、私がここを何度か通過していても気が付かなかっただけのようです。

そして状況の雰囲気から私は勝手に「車では入っていけないようだが、徒歩ならばOKのようである」と判断し、今回撮影をして来ました。

(もし明確に立入禁止である、ということであればそれが書かれているソースと共にご指摘下さい。それを本サイトで周知する文面を追記致します。)

塩狩温泉ユースホステル跡 フォトギャラリー

以下の特記無き写真は全て私が本年(2019年)10月20日に撮影したもので、クリックで拡大します。
他の日記含め、本サイト内のすべての写真/資料(私が撮影したもの、他サイト様から引用させて頂いたもの含む)は一切の無断使用不可とさせて頂いております。

↓国道40号線側のゲート?

↓和寒町 町民植樹

↓これらの奥の場所がドライブインがあった場所

↓左写真正面の建物が岡商店(既に閉店)。右の道路が国道40号線の旭川方面。
 ちょうどこの真正面がYHの建物(入口)となります。
右側の写真は同じ場所を写したYHの建物(位置関係は同一場所。引用元はWikipedia)

↓大浴場のあった場所には浴槽のタイルが落ちていた。

↓左写真はホテル正面入り口付近を望む場所(奥の建物は岡商店跡)
  右の写真は同じ位置関係のホテルの写真
(右写真引用元:北海道温泉 様 http://popup10.tok2.com/home2/kawauso99/hokkaido_onsen.html )

↓駅からの道を降り切った場所にある池
(奥の左右方向の道が駅への道。左に登ると塩狩駅)

↓塩狩駅への道
右の写真の建物は塩狩ヒュッテYH

↓塩狩駅側から見たYHへの道(右の建物が塩狩ヒュッテYH)

↓駅からの坂を降り切った場所にある池

↓ホテル入口正面付近の場所にある大きな木とその根元にある岩

 

塩狩温泉はYH、ホテル共に建物は完全になくなり、痕跡と言えば大浴場跡にあったタイルと駅からの道を降り切った場所の池くらいでしょうか?

また和寒町町民植樹も敷地のごく一部のみで行われており、大きい池の周囲は柵が整備されたとは言え、それ以外は全くの手付かずの放置状態です。

和寒町もお金がないし、この場所の観光資源としてはあまりにも脆弱です。
今更また温泉を掘って健康ランドを作ったところで大赤字でしょう。今後どうなるかは全く想像の域を出ない状況にあります。

しかしまた寄ることもあるでしょうから変化を見受けられた時には本サイトにアップしたいと思います。



(おまけ)2019年10月20日の塩狩駅

塩狩YHと同日に撮影した宗谷本線・塩狩駅の様子をアップします。
特に変化はありませんが、紅葉がきれいでした。ぜひ訪れて頂きたい駅の一つです。
旭川からも1時間弱ですしね。(特急は停まりません)

↓旭川方面

↓名寄・稚内方面

↓塩狩駅 その他

 

↓駅直ぐそばの三浦綾子記念館

 

【2020年6月23日追記】

以下に懐かしい写真の記事を載せました。ぜひご覧下さい。

塩狩温泉ユースホステル発足時の写真(1969~1974年)

【2020年7月22日追記】

2020年7月5日現在の塩狩温泉跡地の写真をアップしました。跡地の動画のご案内もしております。

塩狩温泉ユースホステル跡(2020年7月5日現在)

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12 Responses to “塩狩温泉ユースホステル跡(2019年10月20日現在)”

  1. 2あほ より:

    あるブログさんで、数年前に塩狩YHの様子を記事にしたものを読みました。
    本当に跡形もなくなくなってしまってますね。
    その方のコメント欄には、貴ブログでYHを扱っていることを「いたずらくがき」で紹介しちゃいました。
    ・・・すんませんでしたぁ~はじめっち

    というわけで、久しぶりに塩狩YHの貴ブログ記事を拝見すると、
    何年も前の記事なのに、コメント欄がさらなる進化を遂げてらっしゃったのっす。
    ・・・すげぇなコメント数伸びてるっすゆたか

    • kaikoshumi より:

      2あほ様
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      他のブログに紹介して頂いたとのこと、ありがとうございます。

      感謝感激でございます。

      塩狩YHは地味系でしたが、人気はあったのです。
      だから何年たっても人気のあるYHはずっと語り継がれて行くと思います。

      今後も当サイトをよろしくお願いいたします。

  2. キュア梅盛 より:

    塩狩YHは23年前に泊まりました。
    ちょうどお盆休みだったせいかベッドルームではない部屋に寝たということ、夕食にジンギスカンが腹いっぱい食えたと言う事を覚えています。

    ここがドライブインごと消えた最大の理由は道央道が士別まで伸びた事で40号線の交通量が激減したからでしょうね。

    • kaikoshumi より:

      キュア梅盛さま
      こんにちは。コメントありがとうございます。
      キュア梅盛さまが経験されたように繁忙期でYHの建物が満室の時はホテルの空き室(というか既に使わなくなった部屋)もYHとして使っていました。

      塩狩YHの良いところは繁忙期でも閑散期でも夕食は必ずジンギスカンで、これを楽しみに来るホステラーを裏切らないということです。
      でも事実を言えばYHからみればジンギスカンって一番楽なんです。「勝手に焼いて食べて!」ですし、大量に買い込むので原価も安いのです。

      それと実は塩狩温泉のホテル&YH共に道央道延伸のはるか前から宿泊客は激減し、経営は瀕死だったのです。

      実際の車の通行量がどのくらいか分かりませんが、道央道が伸びても40号線は減ったという感じは全くしません。

      道央道の終点はしょせん士別剣淵止まりで、その先の延伸は計画だけで一体いつの話か、という状況ですし、国道40号線を法定速度+@で走っても大して時間差は無いのです。だからあえて金払って道央道乗る人も増えたとは思えないのです。

      塩狩温泉は約35年前ほど前の経営者交代(親族間で)で一時期持ち直しましたが、やはり老朽化施設はどうしようもなく、宣伝費もかけられない、町も口は出すけど金は1円も出さないなどが重なって廃業に追い込まれたのです。

      (私は内情をもっともっと相当知っているのですが、あまり書くと怒られそうなのでこの辺にしておきますが。)

      いずれにせよ無くなったことは大変残念なYHの一つになってしまいました。
      多分日帰り温泉とかでの復活も無理とおもいます・・・。

  3. 悠楽子 より:

    懐かしい、しかし今は無い塩狩温泉の写真有難うございました。昨年12月14日、I君の一周忌に合わせご家族と共に京都のお墓を参拝しました。早いもので今週末2年目を迎えます。彼から雪の重みで崩れていく塩狩温泉の写真を送ってくれました。如何に悔しい思いをしたことでしょう。しかし今は無。李白の文が思い出されます。
    「夫れ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過各なり。」

    • kaikoshumi より:

      悠楽子様
      こんにちは。
      コメントありがとうございます。
      もう2年経ってしまうのですね。

      若すぎ、そして理不尽とも思える死ほど虚しいものはありません。

      だからこそ毎日が充実していることが大切ですね。

      塩狩付近は年に数度通りますので、また変化がありましたらアップします。

      また当サイトにお越しくださいね。

      • 悠楽子 より:

        kaikoshumi様
        有難うございます。今となってはなかなか塩狩に行く機会は有りません。また写真をUP頂ければ懐かしく拝見いたします。

  4. 悠楽子 より:

    明日、12月14日はI君の2年目の命日です。
    もしよければ、思い出して上げてください。

  5. 悠楽子 より:

    今日はI君の2年目の命日。多少でも縁があった方は想いだしてあげて下さい。

    • kaikoshumi より:

      悠楽子さま

      こんにちは。もう2年も経つのですね。
      私は彼の元気で明るい笑顔しか思い出せません。
      そして彼は何よりもとても「紳士」だったと思います。

      人間的な常識がしっかりした方で、きっと育った環境も良かったのでしょうね。

      そのような方がお若い年齢で亡くなるのは残念でなりません。

      • 悠楽子 より:

        返信有難うございます。彼とは大学の同期で一緒に卒業研究をしました。よく遊びに行きました。

        • kaikoshumi より:

          悠楽子様
          そうでしたか。
          それであれば思いもなおさらだと思います。

          私も親友を亡くしたこともありますので気持ちはよくわかります。

          せめて亡き友人以上に一生懸命生きたいと思います。

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管理人について

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こんにちは。私の名前は「 ノンダクレー」と申します。
もう50代にもなる妻子持ちのクソ親父であります。
東京で生まれ育ち、横浜市に長いこと住み、現在は北海道のある都市におります。
色々と思う事が多くなる年齢、このサイトで「懐かしい街と物」をお楽しみ頂ければ幸いでございます。

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